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数字 睡眠 悪魔
触れられた瞬間──フラッシュバックする、喫茶店で初めて涙を拭われた光景。
それが今の情景と重なり、見開いた瞳のスクリーンに映し出される。
……あの時はまだ、お互いの名前すら知らなかったのに……
今は、次に会う約束までできる程……距離が近付いて……
「……」
穏やかな眼差し。
心地良い、温もり。優しさ……
誠から向けられるその全てが、内側から僕を痺れさせ……甘っとろく塗り替えていく。
クラクラして……
……もう、倒れてしまいそう……
「……」
離れていく、誠の長い指。
名残惜しそうに真っ直ぐ見つめれば、その手が僕の頭にそっと置かれ……
……くしゃ、
「……っ、」
ふわふわと優しくて……
駅の改札口まで見送られた時の、ぽんぽんに似ていて……
僕の瞳から、次々と涙が零れて止まらない……
「……す、すみません」
その様子に慌てた誠が、直ぐに手を引っ込める。
離れていく、ぬくもり……
「いえ、……嬉しくて」
目を伏せ、折り曲げた人差し指でくいっと涙を拭う。
甘く痺れて、感覚を失った指先。
顔が酷く熱いのが、自分でも解る──
「………」
店を出て、誠がタクシーを拾う。
冷えた外気に曝されるものの……まだ熱く火照る頬。
少しだけ弛緩した気持ちとふらつく足元に、心の中で鞭を打つ。
乗り込んだ車窓から見える、ネオン街。差し込んだ多彩な光が、誠の綺麗な横顔を次々と照らす。
緊張感と酔い、心地よい揺れのせいもあって、次第に瞼が重くなっていく。
ルームミラーにぶら下がる、魔女ッ子のキーホルダー。このタクシー会社のマスコットキャラクターなんだろうか。ゆらゆら揺れるそれから、目が離せない。
催眠術に、まんまと嵌まってしまったのか。重い瞼が、次第に閉じてゆく。
カチンッと音がして、条件反射的に瞼が持ち上がる。見れば、タクシーメーターの数字が上がっていた。
……あれ……
見え方の角度が、変わっている事に気付く。
「………」
……あ……
誠さんの肩に、………当たっちゃってる……
………早く、避け……なくちゃ……
そう思っているのに、動けなくて。
誠の匂いと温もりを感じていれば、シートに落ちた僕の手に……誠の手が、触れた。
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