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シュークリーム 涙 煙草
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あれから、特に何事もなく数日が過ぎた。
誠から連絡が来る事も、バイト先の喫茶店に現れる事も無く……悶々とした日々。
そんな矢先──大輝から連絡が入り、ファミレスで落ち合う事に。
全面禁煙にも関わらず、隣のテーブルでは電子煙草を堂々と吹かしている。火のない所に煙は立たぬ……とはよく言ったものだと思う。煙がないのだから、喫煙も禁煙もない……という理屈からなんだろうか。
「……で。その絆創膏を見られて、渡瀬に誤解されたまま……って事ね」
「……」
片手で頬杖をついた大輝が、僕を下から覗き込む。心をを読み取るような、鋭い目付き。
「でも、双葉にしてはよく頑張ったね。……偉い偉い」
その瞳を直ぐに細め、屈託のない笑顔を向ける。
「……」
特に茶化す事も無く、最後まで話を聞いてくれたものの……やっぱりどうしても、大輝に聞いておきたい事があった。
「……ねぇ大輝」
「ん……?」
「どうして悠に、僕の住所教えたの?」
「……」
結婚式の招待状が届いてから──首元に索状痕を付け、僕が壊れてしまった姿を、大輝は知っている。
……なのに、どうして……
「ん。それは、ホントにごめん。悪かったと思ってる」
「……別に、謝って欲しいんじゃなくて……」
責めたい訳じゃない。
あの時、大輝が支えてくれなかったら……きっと僕は立ち直れなかった。
引っ越しだって、僕の背中を押してくれたから……
「……ごめんね。それは言えない」
大輝の視線が、僕から逸らされる。
「もし知ったら……きっと双葉は、不幸になるから」
結局、大輝の口から語られる事は無かった。
もやもやと、いつまでも燻る心。
アパートの階段を昇りきった所で、気付く。いつかと同じ光景──玄関前に踞る、悠の姿が目に飛び込む。
「……双葉!」
僕を見るなり、笑みを溢した悠が駆け寄ってくる。まるで、ご主人様の帰りを待っていた子犬のように。
「ゆう……」
そう漏らす唇に、正面から抱き付いた悠の唇がスッと寄せられ……
──重なる、唇……
「……、わっ!」
慌てて仰け反る僕に、悠が涙で潤んだ瞳と愛しい八重歯を見せる。
「悠って言う度、唇がキスの形になってんの、……もう忘れた?」
「……忘れ……」
てなんかないよ、悠……
悠の声や温もりが、僕の細胞ひとつひとつに浸透し、懐かしさと恋しさで、じん……と痺れていく。
そうなってしまえば、悠を拒絶する事なんて出来なくて……
「双葉の好きなシュークリーム、買ってきたんだ。一緒に食おうぜ!」
そう言って僕の肩に腕を回し、嬉しそうに笑う悠。
無邪気なその笑顔に惹きつけられながら、安堵と不安の入り混じった感情が渦巻く。
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