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空腹 香辛料 マスコット

カタタン……カタタン…… 心地良く揺れる電車。 直ぐ隣に座る、誠。 恋人繋ぎをした手は、スウェットパーカーのポケットに隠している。 揺れと心地良さにうとうとしていれば、いつかのタクシー内のように、誠の肩にもたれ掛かってしまう。 「………可愛い」 そう囁かれた誠の声が、遠くで聞こえた。 「今度、海を見に行きませんか?」 外灯がぽつんとある細い道。アパート前。 別れを惜しむ僕に、誠が次のデートの約束を持ち掛けてくれる。 「………はい」 少し照れながら答えれば、スッと伸びた誠の手が、僕の頬を包み…… 唇が舞い降り、僕の唇にそっと重ねる。 触れたのは、ほんの一瞬。 だけど……与えられた熱や感触は、まだ残っていて…… 「……すみません。双葉さんが、余りに可愛すぎて……」 「………」 熱くなった頬を隠すように俯く。 その瞬間──誠の腕が、温もりが……僕の身体を優しく包み込んで…… 「また、連絡します」 「………はい」 耳元で感じる、甘い吐息。 アパートの階段を上がる。 その足取りは、いつもと違っていて……ふわふわと、軽い。 待ち合わせた駅で、誠と会えた事。思いがけず、動物園でデートした事。告白され、初めてキスをした事。名前で呼ばれた事。 今日一日で沢山の事がありすぎて、まだ頭の中が整理できてないのに…… ほわほわとした、夢心地がする。 『離れたり、嫌いになったりしません』 『勿論、双葉さんを手放すつもりもありません』 誠さんは、僕の話を最後まで聞いてくれて……僕を受け入れてくれた。 でも、悠が心配で離れられないのは理解してくれたけど……それはあくまで、友達としてにして欲しい、と…… 「………!」 薄闇に見える人影。 ドアに背をつけ腰を落とし、此方をじっと見据えている。 「おかえり、双葉」 「……悠……」 「あー、腹減った。久し振りに双葉の手料理食いてぇな。……スパイスの効いたカレーとか。あれ、美味かったよな」 「………」 いつから、ここに…… 立ち止まったまま、手摺りの下方を見る。 先程誠といた場所が、外灯の明かりのせいでハッキリと見えた。 「これ、ゲーセンで取ったやつ。……懐かしいだろ」 掲げられた悠の手には、脱力系にゃんこのぬいぐるみ。 『これ取れたら、えっちしようぜ』 ──それは、悠と付き合って一ヶ月が過ぎた頃。強引な取引を持ち掛けた悠が、何度も何度もチャレンジして、結局取れなかった景品…… 「……やっと、取れたんだぜ」 潤んだ瞳のまま、悠が八重歯を見せる。

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