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時計 欠落 落下
「双葉……」
玄関に上がるなり、背後から抱き締められる。
「──!」
「……俺、双葉を失いたくねーよ……」
力の籠もる、悠の腕。
耳裏に掛かる……熱い吐息。
「……さっきの、幻覚だよな。……双葉、さっき誰かと、一緒じゃなかったよな………?」
そう言った後、突然、悠が僕を突き飛ばす。
と同時に始まる、激しい嗚咽。
「……ぅ″え、ぇ……っ………!」
身体を二つに折り、背中を丸め、嘔吐きながらパーカーのポケットに手を突っ込む。
その弾みか──キラリと光る何かが落下する。
しゃがんで拾い上げれば、それは……フィルムに入った、錠剤。
不安が、胸を貫く──
「……悠、これ……」
薬名──“リスパダール”
「………何の、薬なの?」
「ん、返して……」
力無く、ぼんやりとした声で、僕から薬を奪う。
「何処か、悪いの……?」
「………わかんねぇ」
「わかんねぇ、って………わっ!」
顔を上げた悠が、いきなり僕にしがみつく。
僕を確かめるかのように顔を近付け、向けられる……虚ろな瞳。
「………良かった。……また、双葉の幻影かと思った……」
小さく動く唇。
静かに浮かべる、微かな笑み。
その潤んだ瞳に力は無く──安堵した吐息を洩らすものの、光を失い、何処か寂しそうで……
……どうして、こんな事に……
「──ゆう!」
悠の体から、力が抜け落ちる。
弛緩した身体は重く。僕に全てを委ねる悠を支えきれず、そのまま後ろへと倒される。
「……」
それでも。上体を起こし、腕を僕の肩に掛け、何とかベッドへと運ぶ。
気を失ったように眠る、悠。
ベッド端に手を掛け、その様子を見つめる。
悠の中で、何かが起こって……大切な何かが欠落している。
悠の中の時計だけが、何処か狂ってる。
幻影──あの言葉は、嘘なんかじゃなかった……
掛け布団を掛けようとして、手を止める。
悠のポケット。そこに、そっと手を差し込む。
「……!」
沢山の……薬……
そっと取り出したそれを、ひとつひとつテーブルに並べる。
そして薬剤名を確認しながら、スマホで検索する。
──精神薬。
睡眠導入剤。副作用止め……等。
含有量も最大値のものばかり。こんな強い薬を……今までこんなに沢山……
吐いたり、指が震えたり、幻覚を見たりしたのは……薬の、副作用だった……なんて……
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