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蛍光灯 不明 窓
「──待って」
ぐっと伸びをした後、立ち上がろうとする大輝に声を掛ける。ジャケットの袖を掴んで引き留めれば、動きを止めた大輝が僕を見た。
「悠の事、大輝はどこまで知ってるの……?」
「……んー、双葉は? 悠からどこまで聞いてんの?」
直ぐに答えず、茶化すように質問を質問で返してくる。
「悠のお父さんに、僕との事を受け入れて貰えなくて……病気扱いされて、隔離病棟に入れられてたって」
「……」
「……それと、悠の知らない所で、婚姻届をお父さんに書かれて……役所に提出されたんだ、って……」
「──へぇ、」
大輝を纏う空気が、一瞬で変わる。
その声質も低く、刺々しい。
「そこまでしちゃったんだ、あの人」
呟く様に吐き捨てた後、大輝がスッと立ち上がる。
見上げた大輝の顔は逆光になっていて、その表情がはっきりと見えない。
だけど感じる、不穏な空気。
静かに放たれる、冷酷な雰囲気。
「悠の事は、俺も何とかするからさ。……双葉はもう、戻りな」
大輝はポケットに手を突っ込むと、僕に背を向けて歩き出す。
「寄り道せず、ちゃんと真っ直ぐ帰るんだよ」
片手を上げ、大輝が小さくバイバイする。
「……」
その言葉は、色んな意味を含んでいるような気がして……心に引っ掛かって、中々離れない。
『そこまでしちゃったんだ、あの人』──帰路についた後も、ずっとその言葉が引っ掛かっていた。
大輝と悠は、小学生からの付き合いだから、僕の知らない事も沢山知ってる。……当然、悠のお父さんの事も。
アパートに辿り着くと、僕の部屋の窓から蛍光灯の光が漏れていた。
慌てて階段を駆け上り、玄関を開ける。
「……悠……」
見れば、悠は上半身裸のまま、廊下を彷徨いていた。帰ってきた僕に気付くなり、悠の顔が綻ぶ。
「……良かった。目ぇ覚めたら、双葉が居なくて。……また、消えちゃったかと……」
「……え」
「今まで、何処に隠れてたんだよ……」
いつもと違う、悠の声。
ふわふわとして、心ここに在らずといった様子。
虚ろな目。定まっていない視線。
「隠れてって………悠、服は……?」
「……あー、ごめん。……何かさ、また吐いちゃって……」
言いながら、僕をぎゅっと抱き締めてくる。縋りつく、子供のように……
「………」
精神薬には、吐き気や嘔吐と言った副作用があると書かれていた。
悠が毎回吐いてしまうのは……そのせいなのかもしれない。
「……悠。もう薬、止めよ……?」
思い切って提案すれば、腕を緩めた悠が僕の顔を覗き込む。その顔が、強張っていた。
「……何で薬の事、知ってんの……」
「え……」
「俺、双葉に話したっけ……」
「──!」
思い出した。
副作用の欄にもうひとつ、『記憶障害』と記されていた事に。
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