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椅子 雀 百合

肌寒い朝。 カーテンを開ければ、柔く優しい光が部屋に射し込まれる。雀の鳴く声。きっと外は、気持ちが良いんだろう。 『俺、双葉に話したっけ……』──悠の記憶は何処か不安定で、曖昧だった。 シュークリームを持ってきてくれたあの日も、シャワーを浴びながら断片的に記憶が蘇り、それを繋ぎ合わせているうちに、色々思い出したようで…… 怖い、と思った。 「……」 悠は、病気なんかじゃない。 病気じゃない人が、脳に何かを与える薬なんて飲んでいたら……きっとおかしくなる。 「鳴川さん、どうぞ」 この方法が良かったのかはわからない。だけど、他に方法が見つからなくて…… 気乗りしない悠を引っ張って訪れた、メンタルクリニック。 清潔感のある待合室には、沢山の患者や付き添いがいて、普通の病院とそう変わらない。空気清浄機。おしらせの掲示板。字幕で流される、音のない大型の液晶テレビ。生けられた百合の花。大きな窓から射し込む光が、その白い花を美しく照らす。 看護師に案内され、診察室へと入る。パソコンの置かれたデスクの向こうに、眼鏡を掛けた若い医師が座っていた。 「どうぞ」と促され、悠と並んで椅子に座る。 「……では、お薬手帳を見せて頂けますか?」 待合室で書いた初診者用の紙を眺めながら、医師が穏やかに話す。 「……すみません。今持って無くて。現物なら、あります……」 持ってきた薬をひとつひとつ机に並べれば、医師がそれらをひとつひとつ手に取って確認する。 「でも、悠は病気じゃないと思います。全然違うのに。それを、──」 途中で悠が、僕の腕を引っ張る。驚いて隣を見れば、悠の強い瞳が僕を制した。 全ての薬を確認した医師が、ケースワーカーとの面談を記録した用紙に目を通す。 「家族構成ですが……父、母、貴方の三人で合っていますか?」 「………はい」 「ご両親の仲はどうでしたか?」 「……所謂、仮面夫婦ってヤツです」 「そうですか。……それでは、どうして貴方のお父さんは、相談もなく貴方の結婚相手をお決めになったのでしょう。 何か、心当たりはありませんか? ……例えば、貴方に強い期待をかけていた、とか……」 「いえ。結婚の話が出るまで、放任主義でした」 僕とは違い、悠は先生の質問に淡々と答える。まるで、他人事みたいに。 「……そうですか。それで反対された貴方を、隔離病棟に……」 「……」 「私は、貴方のお父さんこそ、何か心に問題を抱えている様に見受けられます。できるなら、次の診察に連れてきて頂けますか。個別にお話しできたらと思います」 医師は机上で手を組み、続けて言った。 「……薬の方ですが、おそらく合っていないのでしょう。 副作用止めや吐き気止めを飲んでいるにも関わらず、一年も効果がないのですから。それに、種類や量が多い点も気になります。 いきなり止めるのは危険ですので、……様子を見ながら、徐々に減らしていきましょう」 医師の言葉に、僕はホッと胸を撫で下ろす。

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