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和菓子 踏切 警戒色
隣の椅子に置かれたのは、ビジネスバッグと老舗和菓子屋の菓子折。
この後、取引先に訪問するのだろうか。
「……いらっしゃいませ」
「こんにちは」
気恥ずかしさに顔を赤らめていれば、優しく微笑んだ誠が挨拶を返してくれる。
「次の仕事まで少し時間が空いたので、双葉さんの顔を見に来ました」
瞬きを数回した後目を細め、形の良い唇の両端が上がり、綺麗な弧を描く。
「元気そうで、良かったです」
「………はい」
緊張から、中々心臓が落ち着いてくれない。
誠さんと恋人同士になった実感が、まだあまり湧かなくて。未だに片思いを続けているかのよう。
「──!」
外した視線の先に見えたのは、電話をする悠の後ろ姿。
「………あの、誠さん。……すみません、今、ここに悠が来てます……」
その言葉に、誠の顔が一瞬強張る。
「すみません。……まだきちんと、誠さんとの事を、話せてなくて……」
「そうですか」
「……ごめんなさい」
「いえ。そんなに謝らないで下さい。……双葉さんの気持ちが、真っ直ぐ僕に向いているのなら……僕は、幾らでも待ちますよ」
誠の言葉や優しさに、胸がキュッと締め付けられる。
悠の事で、気を悪くした筈なのに……
カンカンカン……
警戒色である、黄色と黒の長い棒が下りる。
電話を終えた悠が戻ってから、カウンター越しに座る悠と会話を再開した。
でも、その間も気になって。何度か誠の背中へと、視線を送ってしまっていた。
誠はコーヒーを一杯飲み終えると、直ぐに席を立つ。特に会話を交わす事も無く、会計を済ませ店を立ち去った。
ゴォーッ
目の前を、快速電車が通る。
風圧がかかり、吹き付けられた髪が靡く。
「……双葉」
轟音にかき消される声。
乱れた横髪に差し入れられる、悠の指。
隣に立つ悠を見れば、その手が後頭部に回り、強く引き寄せられて……
「……!!」
迫った悠の唇が、僕の唇を塞ぐ。
一瞬反応が遅れ、体を押し返すも、容赦なく咥内に舌を捩じ込まれ……
ゴォーッ
カンカンカン……
脳内に響く轟音。乱れ狂う髪。
通り過ぎると同時に、唇が離される。
「…………ゆ……う、」
「双葉。俺から離れんなよ」
「……え……」
不安を煽る赤い点滅と警告音が消え、遮断機が上がる。
その向こう側に広がるのは、真っ暗な闇、闇、闇──
殆ど外灯も無く、人の気配すら感じない。
「……」
悠と僕だけ。
ここに立っているのは、悠と僕の……二人。
──どうしよう。
不安に駆られる僕の手を、悠の手がギュッと掴む。
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