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輪郭 携帯電話 届かない
「……ゆ、──!」
玄関を上がるなり、背後から襲われる。
何が起こったのか解らない程、一瞬で。その場に倒され、乱暴に腕を掴まれ、僕の上に悠が跨ぐ。
間近に迫る顔。身体から熱を奪っていく、冷えた廊下。
……別に、予想していなかった訳じゃない。ただ、ここで襲われるなんて、思ってもみなくて……
「双葉、いいだろ……」
「──まっ、」
悠の片膝が、僕の内腿の間に捩じ込まれる。
荒々しい息遣い。切迫詰まった瞳。強引に唇を塞がれ、その雰囲気に気圧 される。
咄嗟に悠の肩を掴んで押し返すものの……全然びくともしなくて。
「………はぁ、双葉」
熱い息が鼻先にかかる。
裾から侵入した悠の手が、脇腹の輪郭をなぞり……胸元へと滑り上がる。
「………ゃ、……ま、って……」
小さく尖った先端を見つければ、二本の指先で強く摘ままれ──必死でその手首を掴めば、その動きが止まった。
思いが通じたのか。僕の手を乱暴に振り払う事はせず……憂いを滲ませた鋭い瞳で、僕を貫く。
「……喫茶店に来たスーツの客。モールで双葉を連れ去った奴、だよな……」
「……え」
「アパートの前で、双葉にキスした奴、だよな……」
「……!」
眉根を寄せ、喉から絞り出すように悠が唸る。
その声も、手も、何処か震えていて……
「お前、……あの男とデキてんのか……?!」
「………」
悠は、気付いてた。
──だからさっき、突然あんな事をして……
悠の視線に耐えきれず、目を伏せる。
悠を止めた手から力が抜け落ち、全てを悠に曝す。
「………うん」
ごめんね、悠……
本当に、ごめんね……
「──何でだよ、双葉……!
約束したじゃねーか! 俺のモンになるってよ!!」
首筋に顔を埋められる。
悠の荒々しい息。熱い舌、唇──
強く吸われて、チリッと痛みが走る。
コインランドリーに出掛ける前……背後から抱き締められ、紅い印を付けられた時よりも痛い。
「……なん、でだよ……!」
裾を大きく捲り上げられ、胸元まで曝される素肌。顔を覗かせた小さな尖りに、悠が貪りつく。
──それでも、抵抗できずに身を委ねれば、不意に動きを止めた悠が顔を上げ……
「………な、んで……」
僕の顔を覗き込んだ悠の瞳から、次々と熱い涙が零れ落ちた──
スマホの画面が、光りながら震える。
手を伸ばして拾ってみれば、そこに表示されていたのは『大輝』の文字。
あの後。弾かれた様に僕から離れた悠は、そのまま外に飛び出し……それから戻って来なかった。
『お掛けになった電話番号は、電波の届かない場所にあるか……』
悠の携帯に何度電話を掛けても、女声のアナウンスが繰り返し流れるだけで。
直ぐに追い掛けなかった事を後悔しながら……部屋の隅に踞っていた。
「双葉」
傷心しきったまま、無言で電話に出た僕に、大輝がいつもの調子で声を掛けてくれる。
「……」
「悠なら今、うちに来てるから」
事情を察したのか。それとも悠が大輝に泣きついたのか。
どっちにしても、悠が無事なのが解って……ほっとした。
「悠の事は、こっちで何とかするからさ。双葉は渡瀬と、イチャイチャしてなさい」
「………、」
真面目な声で、そんな事言って……
ぼやける視界。
涙がどんどん溢れて、止まらない。
良かった──悠に、大輝がいてくれて。
僕だけじゃ、悠を傷付けるばかりだったから……
「よしよし。よく頑張ったね」
「………ん、」
出しっぱなしのダンボール。
一度も付けられなかったピアスの箱が、部屋の隅に転がっていた。
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