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もどかしい 指先 弄ぶ 2
余りの衝撃の数々に、頭がついていかない。ぽかんとした僕の様子に、今度はお淑やかにクスクスと笑う。
「悠はまだ知らないかもしれないけど……昔からカンの鋭い大輝は、もう知ってるんじゃないかしら」
『……あの人そこまでしたんだ』──夜の公園で大輝が放った言葉と雰囲気が、脳裏を掠める。
「……」
「悠が結婚するって連絡が来た時は、信じられなくて。
両親の思惑を知って、私なりに抗議したの。……でも、全然。何の力にもなれなかった事が、ずっともどかしかったわ。
隔離病棟に入院した悠の面会に行った時、ここを脱走し たいって相談されて。その手助けをしたの。
悠の為に私ができる事って、それ位しかなかったから。
……でも結局、その日の内に連れ戻されちゃったみたい」
「……」
「一瞬でもいいから、双葉くんと駆け落ちして欲しかったな。
──それが悠の望む、幸せだったから……」
……そう、だったんだ……
色んな感情が僕の中に渦巻いているのに……頭の中は真っ白で。
でも、胸の奥の痛みだけは、確かに感じていた。
「見ての通り、うちは名家でも何でもないのよ。
だから悠が、親の決めた人と結婚する必要なんて全然ないの。──単なる義父の嫌がらせ」
ストローを抜き取り、濡れた先端を少し口に含んだ後、紙ナプキンが敷かれた上に置いた。
そのせいで、濡れた所がじわりと滲んでいく。
「……まだ、悠が生まれる前の話よ。
義父は、大輝のママと大恋愛の末に、駆け落ちしたらしいの。……水商売の女なんかとって、親族全員に反対されてね。
暫くは一緒に暮らしていたみたい。でも見つかって、連れ戻されて。
親同士が決めた相手──つまり、私の母ね。両家顔合わせをして、即結婚。
義父もだけど、私達母子も突然の事だったから……当然、受け入れられなかったのよ──」
溜め息をついた響子が、グラスを持ち上げ底を揺らす。
カランカラン…と涼やかな音を響かせながら、氷同士がぶつかり合う。
「家族なんて、名ばかり。体裁を整えただけの、中身のない只の飯事 。
親族に急かされて渋々作った悠を、義父は放任。母は体裁を取り繕うだけ。
悠自身に愛情を注ぐ両親を、私は見た事が無いの」
悠の幼少時代を想像して、苦しい程に胸が締め付けられる。
僕を求めて縋りつく悠は、愛情を欲しがる幼い子供のようで……
付き合っていた頃は、僕の前で弱音を吐いたり、弱い姿を殆ど見せた事がなかったけど。
……本当はもっと、甘えたかったのかな……
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