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中華料理3

竜蛇お気に入りのこの店の料理は、相変わらず美味かった。 犬塚は黙々と箸を進め、鉄平は「美味しいね」と、ニコニコと食べていた。 志狼と竜蛇は紹興酒をぐいぐい飲んでいる。犬塚も勧められて、紹興酒を飲んだ。 「お前と呑むのは初めてだったな」 「ああ」 「案外、強いんだな。犬塚」 犬塚は酒に強い。というか、ザルに近い。 竜蛇も酒は強いが、今夜はすでにほろ酔いで、目尻が少し朱に染まっていた。 竜蛇は美しい顔立ちをしている。僅かに酒に酔った様が、この男の色香を増していた。 「……」 犬塚はぷいと視線を離した。よく分からないが、艶っぽい竜蛇の顔を見ていることを気まずく感じたのだ。 「お前。嫌われてるんじゃねぇか」 志狼がからかうように言った。 「いやよいやよも好きのうちだ。犬塚はツンデレなんだよ」 「うるさい」 「ツンデレねぇ」 「犬塚さんってツンデレなの?」 「お前もうるさい」 何度目かの鉄平の天然発言に犬塚がぴしゃりと言った。この少年はとぼけた事を言う。犬塚はだんだんと慣れてきていた。どことなく『ボケとツッコミ』のような感じだった。 「タマは素直で可愛いなぁ」 少し酔った志狼が鉄平の頭をわしゃわしゃと撫でた。 「うちのタマは可愛いだろうが。ツンツンなんてしねぇぞ。いっつもデレデレだ」 「ちょっ……しろお!」 志狼は鉄平をぎゅーっと抱き寄せて、アッシュグレイの髪にキスをした。 「タマちゃんはお子様だからな。素直でいい子だ。犬塚は大人なんだよ。こうして一緒に酒を楽しめる。お前は毎晩ひとりで晩酌か。羨ましいだろう」 竜蛇が紹興酒のグラスを掲げて、志狼に厭味ったらしく言った。 「あぁ?」 志狼がギロリと竜蛇を睨む。 「拉致監禁して、SM調教した奴がよく言うよ」 「おいっ?!」 それまで二人のやりとりを呆れた顔で見ていた犬塚だが、志狼の発言にぎょっとして叫んだ。 (何を言い出すのだ!? この男は!) 「ちょうきょう?」 鉄平がきょとんとした顔で聞いてきた。 「タマ。こいつはな、犬塚をSM調教してんだよ。首輪付けて大事に飼ってる犬ってのは、こいつの事だ」 「え? 竜蛇さんが保護した犬のこと?」 「犬じゃねぇよ。人間だ。こいつのことだよ」 「え? えっ!?」 「ああ、可愛いだろう。俺の犬は」 竜蛇は慌てもせず涼しげな顔で答える。 くいと犬塚のタートルネックの首元を引っ張って、隠していた首輪を見せた。 「特注だ。高級な首輪だぞ。お前には買えないくらいのね」 「竜蛇! お前ら、いい加減に……」 犬塚がキレて吠えた時、竜蛇と志狼のスマホが同時に鳴った。 「……仕事の電話だ」 「ちょっと失礼するよ」 着信画面を見て二人は立ち上がり、個室を出て行った。 (くそっ!あの酔っ払いどもが……) 犬塚はイライラしながら、竜蛇達が出て言ったドアを睨む。 「犬って……監禁って……ほんとなんですか?」 「えっ」 視線を戻すと、鉄平がしょげまくった顔で犬塚を見ていた。 「竜蛇さん、犬を保護したって言ってて、優しい人なんだと思ってた。でも、犬塚さんに酷いこと、してたの?」 少しウルウルしながら犬塚を見る鉄平に、犬塚は戸惑っていた。 (なんだ? なぜこいつが泣きそうになっているんだ?) 「いや、あの……」 犬塚は鉄平のような人間と関わるのは初めてだ。どう対応してよいか分からず、モゴモゴと口ごもると、鉄平はさっきの話が事実なのだと思った。 「犬塚さん大丈夫? ひ、酷い事、されてるの? 竜蛇さん、ヤクザだけど良い人だと思ってたのに……しろうも酷いこと言って……」 鉄平が眉尻を下げて悲しそうな顔で言った。その顔に犬塚は焦った。 何故だか、この少年の悲しそうな顔は見たくなかった。 (えっと。こいつの名前なんだったっけ) 「た、タマ。冗談だ」 「冗談?」 「ああ。酔っ払いの冗談だ。気にするな」 「でも、首輪……」 「こ、これはチョーカーだ」 「チョーカー?」 「指輪の代わりに竜蛇に貰ったんだ」 鉄平は潤んだ瞳で犬塚を見た。黄色と緑が混じったような不思議な瞳をしている。その色がキレイだと犬塚は思った。太陽の下で咲いている花のような色だ。 ……ああ。だから、この少年には悲しい顔は似合わないんだ。 自分とは違う。犬塚の夜の闇のような黒い瞳とは。 「でも、犬って言った……」 「あ、あだ名だ。犬塚だから。略しただけだ」 「……」 (無理があるか……) 犬塚は内心焦っていたが、表情にはおくびにも出さなかった。 「そうなの?」 「そうだ」 犬塚がスパッと断言したので、鉄平は安心してニコッと笑った。 その笑顔に犬塚の肩の力がふわ~っと抜ける。 「しろう達の冗談に本気になって、俺、ごめんなさい」 照れたように鉄平が謝る。 「いや。あいつらが悪い」 犬塚の言葉に鉄平がまた笑った。 曇りの無いその笑顔に、犬塚は癒されるような気持ちになった。

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