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第39話
バイト中、ふと作業の手を止め
唇に触れた
悠に吹き込まれた魔法は
僕の心を正常な平衡感覚に戻してくれた
あのままだったらきっと
またバイト中にミスを重ねて
落ち込んでいたと思う……
そして何より
泣き腫らした跡がまだ残る顔のまま
接客なんてできなかったから………
ガラス壁の向こう側を、沢山の人が忙しなく行き交う
そこに重なるように
自分の姿がガラスに映った
いつもの日常なのに
僕だけ流れる時間がいつもと違う……
テーブルに残った空のグラスや皿をトレイに拾うと、カウンター奥へと運んだ
…ガチャ
入り口のドアが開く音と共にチャイムが鳴った
「いらっしゃいませ」
洗い場からそちらを見れば、そこにはスーツ姿の九条が立っていた
その姿を見た瞬間
魔法がぱちんと弾け、僕を現実に引き戻す
「………」
九条は辺りをキョロキョロと見回し、僕と目が合うと片側の口角をクッ、と上げた
そしてそのまま僕の方へ歩み寄る
「……ねぇ、誠は?」
カウンターに腰を下ろし両肘をつくと、下から僕の顔を覗き込む
何かを企んでいる様な、敵意剥き出しの目付き
気持ちを整え、最低限の笑顔を向けて答える
「来てないですよ」
「……ふーん、てっきりここに来るかと思ってたのに……
喧嘩でもした?」
クリッと大きな瞳が僕を捕らえると、再び片側の口角を上げる
僕はそれに怯んでしまい視線を逸らした
「あ、図星?
もしかして、僕が原因とか?」
一見、子犬の様に人懐っこく可愛い九条は、きっと誠には見せないだろう悪い顔付きに変わる
「…あは、実はまだ信じてなかったりする?」
「……」
「じゃあ、見せてあげるよ
…僕たちの記念写真」
そう言って九条はスマホを取り出し操作をすると
その画面を突き付けるように僕に向ける
「……!」
そこに写っていたのは
裸でベッドに横たわる
九条と誠の姿だった
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