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第63話
……九条、さん……?
その名前に、息が止まる
まるでフラッシュの様に、頭の中に幾つもの九条の勝ち誇った笑顔が現れる
一気に苦しくなり、その場に踞った
「……双葉君、大丈夫?」
男も一緒にしゃがみ、僕の背中を撫でてくる
……くるし、……息……
頭がじりじりとして貧血をした時の様に、頭に黒い靄がかかる
「……は、い…」
男が背中を丸めて僕の顔を覗き込もうとする
背中を擦る手が、意識を繋ぐ唯一の手綱に感じる
……は、…はぁ、は、
「少し、眩暈がした、だけ………はぁ、はぁ、…で、す…」
差し出された手に掴まると、彼に少し身を擡げる
「教えて、くださり……あり、がとう…ござい、ま……」
「……ごめんね、本当にごめん」
申し訳無さそうに男は頭を垂れる
その姿に、いつもの彼が戻ってきたのだと安堵した
「……お気に、なさらず……またお店に来て、下さい……」
やっと息が整い、顔を上げて彼を見る
すると眉をハの字にしていた男の顔に、少しだけ笑みが戻る
「…ありがとう、双葉君」
まだ手のひらが痺れている
けど、少しだけ血の気が戻った僕は、彼の手を借り立ち上がる
「ごめん、双葉君…迷って君を誘えなかったのは
スレてるとかないとか、そんな、……そんなんじゃなくて
……本当は、君の笑顔に……一目惚れしてしまったから、なんだ……」
男は情けない程眉尻を下げ、笑顔を見せる
「どうしたら僕だけのものになってくれるか……そんな事を考えてる男だよ、僕は」
彼は僕の手を掴んだまま、離さない
「……それに、さっきの君の苦しそうな息遣いを聞いて、その、……想像を……
そういう、汚い男だよ、僕は……」
その手に力が籠められる
「そんな男に、許すような事を言ったら駄目だよ
……1パーセントでも期待して、離れられなくなってしまうから……」
少し悲しそうに、僕を見る
そして手の力が抜け、するりと解ける
……え、……どういう、事……?
「………」
「ありがとう、双葉君……」
さっきまで繋いでいた男の手が胸の前まで上がる
そして店を出る時の様に、僕に笑顔を残し、去って行った
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