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第69話
「……双葉?」
僕の左側に立つ悠の左手が、僕の二の腕を掴んで支える
その手が温かく力強く、感覚の無くなりそうな僕の心をも支えてくれた
……ごめんね、悠
ありがとう……
「おい、大丈夫か!」
嗚咽を繰り返し、胃液すら出なくなった僕は、小さく頭を縦に振る
「……ぅ…ん……」
やっとの思いで返事をするも、それは悠の耳に届かない
「……クソ」
そう呟いた悠の声も、僕には届かなかった……
蛇口から流れる水音だけが、やけに大きく聞こえて……何だか意識が朦朧とする
肩で何とか息をしても、もう苦しくて……溺れ、る………
ガクン、と足元から崩れる
その刹那、僕の腹に悠の腕が差し込まれ、抱える様に僕の体を支える
その瞬間
ふわり、と潮の匂い……夏の太陽の様な悠の匂いがした
それは僕の鼻を抜け、胸の奥に落ちると
波紋の様に、甘く広がっていく……
……悠……
「……」
あの夜……
悠と重ねた肌の熱が蘇り
泉の様に次から次へと湧き上がり、溢れる
それを、どんなに押し込め蓋をしようと
直ぐにまた溢れ、止まらない……
「……、っ」
それが、閉じた瞼の隙間から
簡単に溢れ、ポロポロと大粒の涙となって落ちていった
洗面台に右手を付いたまま
上体を上げ
ゆっくりと瞼を押し上げる
「……」
間近で悠と視線がぶつかる
その距離の近さに、心臓が大きく跳ね上がる
熱の籠もる力強い悠の瞳がそこにあり
それに吸い寄せられてしまった僕の瞳は
そこから、もう逸らせない……
その時ドアが開いた
甘く変わりつつあった雰囲気は
ガラス細工の様に呆気なく粉々に割れ、散り散りとなる…
「……双葉!」
視線だけそちらに向けると、そこには表情を曇らせた誠の姿があった
それと同時に、悠の手がするりと離れてしまう
「…大丈夫ですか?」
誠は悠が視界に入っていないのか、真っ直ぐ僕の元へと向かって来た
「……大丈夫、です」
誠さん……今の…………見て、た……?
再び迫り上がってくるものに耐えようと、お腹を押さえながら口をキュッと結んだ
「……大丈夫、じゃねぇだろ」
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