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第75話

台所を覗くと、和兄が何やら料理をしていた 「和兄……」 声を掛けると、それに気付いた和兄が振り返る 「…気付いたか」 和兄は、似合わない笑顔を浮かべて見せる 「何作ってるの?」 「双葉が気に入ってたスープだ」 「……うん……、良い匂い」 兄の傍らに寄ると、鍋の中を覗く ふんふんと匂いを嗅いでいると、真顔のまま兄が此方を見る 「食べられそうか?」 「……うん、多分」 「なら、無理にでも少しは食べろよ」 兄らしいその言葉に、何だか心が解れる このスープは、僕が引き籠もっていた時兄が良く作ってくれたものと同じだった あの時も、今みたいに全然食べられなくなって、憔悴した僕に少しでもいいから口に入れろと兄に怒られたな……と、懐かしく思う…… テーブルにスープの入った器が置かれる 「熱いから気をつけろよ」 「…うん」 テーブルの向こう側に座る兄から、スプーンを渡される そのぶっきらぼうな物言いは、兄らしい愛情表現のひとつだ スープにスプーンを入れ、くるりと回す そして掬って口に少量含むと、優しい味が口内から五臓六腑に沁み渡る あの時と同じ、味…… 「双葉………あんまり抱え込むなよ」 不意に言われた言葉に、兄が僕の心を見透かした様で心がギュッと締め付けられる 「……うん…」 スープから立ちこめる湯気が、やけに心に沁みる…… 日課となってしまっていた荷物の整理は、昨夜初めて休んでしまった カーテンの隙間から差す光が、壁際に並ぶ段ボールを明るく照らす テーブルの上には、飲みかけの冷えたスープ 兄の姿は、もうそこにはない 「……」 少しだけ、感覚が戻ってきた様に感じ、手のひらを見つめる ……昨日は、久し振りに良く眠れた気がする……

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