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第76話

もし兄がここに来なければ 僕はまた睡眠を削って荷物整理をしていたかもしれない…… 『あんまり抱え込むなよ』 兄の言葉を思い出す 抱えている自覚は確かにあった だけど抱え込みすぎているとまでは、思ってなかった…… 『どう見ても、大丈夫な訳ねーだろ!』 それは、悠も感じていた……のかな…… 「………」 一度悠を思い出してしまうと 僕の中が悠で一杯になっていく 悠に触れられた所が、じんわりと熱を持ち始める あの匂いにまた包まれたい…… ……悠…… 逢いたい…… カフェエプロンを締めると、いつもより余り紐が長い事に気付く ……もう少し、ちゃんと食べなくちゃ…… 倒れてしまったら、またお店やお客さんに迷惑が掛かってしまう 控え室から出ると、交代とばかりにバイト員が此方に向かってきた 「……あ、成宮さん」 いつもはお疲れ、と一言交わしてすれ違うだけの彼が、僕を呼び止める 「はい」 「最近、お客から成宮さんの事をよく聞かれるんだけど… ……変なショーバイなんかしてないよね?」 「……え」 ドクン、と大きく心臓が脈打つ 『君は、店に来るスーツ姿の営業マン相手に性的サービスをしているんじゃないの?』 眼鏡を掛けた営業マンの言葉が頭の中で響く その噂が大きく広がり、他のバイト員の耳に入ってしまっている事実に、血の気がサッと引く 「……そんな事」 「ならいいけど 誤解を生むような事は避けてくれよ」 彼はチラッと僕の首筋を見た 冷ややかで、蔑んだ目…… 「……はい、すみません」 頭を下げると彼はさっさと控え室へ入っていく 「……」 一人になった僕は、カウンターの向こうを振り返れない…… ガクガクと震え、足の先が凍り付いた様に動けなくなるのを感じた

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