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第84話

その瞳が窓際へと移る 「そういえば、双葉はこれを気に入ってましたね」 木製のオルゴールを手にし、テーブルの中央へと移す ネジを回すと、電車のオブジェがくるくると回り、トンネルを入ったり出たりを繰り返す 「これを見て、可愛いと言って笑った双葉が、…僕には可愛く見えました」 少し照れたように誠が笑顔を見せる しかし、直ぐにそれは消えてしまった 「最近、双葉の笑顔を見ていません……」 「……」 「どうしたら、あの時の双葉の笑顔が戻るのか……僕なりに、色々考えてきたつもりです…」 心地よい音を響かせながら オルゴールの電車はくるくると回る 「でも、昨日……浜田くんに叱られてしまいました…」 「……!」 ……え、大輝……? ポケットに手を突っ込んで、口角を上げた大輝の姿を思い出す …もしかして、カルピスなんて嘘で 外に出て、誠さんに電話した……? 「……九条が、悪い噂を流したと聞きました」 「………」 「昨日、浜田くんがわざとあの様にしたのも、僕への警告だと解りました …もしあの時浜田くんが偶然喫茶店に居合わせなければ、双葉は見知らぬ男に連れ去られて、本当に…あの様な目に……」 ……そういう、事…だったんだ…… オルゴール音が少しずつ遅くなり それと共に電車の速度も遅くなる 「……僕のせいです 僕が……双葉に……」 再び誠の瞳が揺れる 「……誠さんの…せい、なんかじゃ……」 少し声が震えているのが、自分でも解る 「……僕は、大丈夫です」 目を伏せたまま、そう言って口角を上げてみせる すると誠が、軽く浅い溜め息をついた 「双葉の大丈夫は、もう信用しません」 「………」 「できる事なら、もう喫茶店のバイトを辞めて欲しいです」 その言葉に、やっとの思いで社会復帰し、安定した生活を送る僕の足を、掬われた様な気分だった ガラガラと崩れ、またあの部屋に引き戻され、籠もってしまいそうになる残酷な現実が、目の前にちらつく 「これからは、僕が双葉を守ります… ……僕と一緒になって、頂けませんか……?」 「………」 誠の真剣な言葉が 頭の痺れた僕の耳に なかなか入ってこない……

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