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第85話

「……一応、プロポーズのつもりです」 僕があまりに反応がないものだから、誠はクスリと笑ってみせる 「………」 絡めた指を折り、ギュッと握る 嬉しい筈の言葉が 今は残酷な宣言の様に胸を押し潰す 「……誠さん」 唇を小さく動かし、やっとの事で声を出す 「僕は、そんな資格なんて……」 空調のせいか、とても寒い 絡めた指を外し、左の二の腕を摩る 「今すぐ…答えなくていいですから……」 誠の優しい言葉が、今は苦しい 「お待たせしました」 ウエイトレスが料理を運ぶ その瞬間に、その会話はもう終わったものだとぷつりと切れる 湯気がもうもうと立ち上がるリゾットを前に 僕は兄の作ったスープを思い出した 『あんまり抱え込むなよ』 兄が言った言葉を汲むように、僕はスプーンで掬ったリゾットを口に含んだ 赤いテールランプが明るく光ると、僕のアパート前にゆっくりと停まる 「…ゆっくり休んで下さい」 僕の手を握る誠の手に、力が籠もる 「双葉…」 呼ばれて誠に顔を向ければ、誠の顔がスッと近寄る 「……」 唇を掠める様に誠の唇が当てられ、直ぐに離れた 「おやすみなさい」 誠の口端が綺麗に上がり、瞳からは優しさが滲む 「……おやすみ、なさい……」 車内とはいえ、タクシーの後部座席で行われた行為に、人目が気になって恥ずかしさが込み上げる 俯いた後、誠を見ずにタクシーを降りる 車内で手を上げる誠に、胸の辺りまで手を上げ、小さく降った ……プロポーズ、されちゃった…… どうして欲しい時には無くて そうではない時に、貰っちゃうんだろう…… 頑張って少し食べたリゾットが、胃を重たくする 胃を抑え、手摺りに掴まりながら何とか二階へと上がる 「……!」 その時 玄関の前に、懐かしい人影…… ……幻…? 少し痺れた頭のまま、何度も瞬きをして目を凝らす 一歩、また一歩…… 近付く度に、僕の中の色んな感情が溢れ出る ………幻でもいい… …悠……! 心の声が聞こえたのか、人影は僕の方を向く

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