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第3話 天然と確信犯

    新年度の授業も通常の時間帯に戻り、 昼休みに月乃は中庭のベンチに腰かけていた。 つい先日、天に無理矢理に唇を合わせられた事を思いだし 半ば無意識に唇に触れる。 「初めてがあれって……」 友人の少ない月乃は、恋愛経験もなく 先日のあれがファーストキスだった。 漫画や小説で読んだものと違いすぎる、と 少し落胆した気持ちで考えるが、複雑なのは 天の事が好きなゆえにあれが全く嫌でなかった事だ。 本人には言いはしないが、正直高揚する気分もあった。 「月乃、どうした、腹の調子でも悪いのか?」 「一夜……。  ああいや、なんでもねぇよ。  君こそどうした、こんなところに。  自販機なら向こう側だぜ」 「飯の時間にお前が居なかったから、探しに来た。  今日のA定食は鯖の味噌煮だ」 ざり、と、土を踏む音がして月乃が振り返ると そこに居たのは相変わらず無表情の一夜だった。 学食へ行く気分でもなかったからわざわざ中庭でも 忘れ去られているような奥のベンチに来たのに、と 捜し当てられた事に少し驚きながら腰をあげる。 「口が痛いのか?」 「え、ああ、別に。  ちょっと乾燥してたからな」 「そうか。女みたいだな」 「君は本当に一言多いな」 誘いに来てくれた好意を無下にも出来ず 一夜について学食まで歩く月乃は、唇を触っていた事を見られていたなんて 一体いつから居たんだと内心少しひやりとした。 初めてが、などと言っていたのを聞かれていては 確実に突っ込んで聞かれてからかわれてしまう。 「朝陽が学食で喚いてた、腹が減って死にそうだってな」 「先に食べてればよかっただろ、  別に俺が居なくても問題ない」 「そうするとお前は、食べないじゃないか」 そう言って珍しく笑われては、月乃は二の句が告げない。 旧知の仲は厄介だ、自分の行動が簡単に把握されてしまう。 そういえば過去に何度か昼休みに一人で居ようとしたのだが いつも決まって一夜が昼食に引っ張っていったなと 気づいて月乃は少し前を歩く広い背中に声をかけた。 「君、どうしていつも俺の居場所がわかるんだ」 「……なんとなく、月乃が居るって思ったところに  決まっていつも居るからな、運命かもな」 「はあ?  なんだそれ、気持ち悪いな」 「お前の口はいつも悪いな」 朝陽も天も待ちかねているぞ、と続けられては 月乃はそれ以上突っ込めず、大人しく少し歩調を上げて一夜の隣を歩く。 しかし、隣になった時に不意に一夜が立ち止まった。 「なんだよ、早く行くんじゃないのか」 「月乃がまさか、キスもまだだったなんて初耳だった」 「…、…は……」 まさかの一夜の一言に、月乃も立ち止まらざるを得ない。 そして思わず、一夜の腕を強く掴んで睨み付ける。 「君も大概っ、悪趣味だな!  いつからっ……覗いてたんだ!」 「偶然、呟いてるのが聞こえたんだ。  わざとじゃないし、すぐに声かけた。  ほら、早くしないと昼休みが終わるぞ」 「……っ、この野郎……!」 何が口でも痛いのか、だ、最初から全部知ってたんじゃないか、と 遊ばれた事に憤慨して月乃は一夜を置いていく勢いで歩調を速めた。 それに慌ててついていくでもなく、一夜はゆったりとした歩調で見失わない程度に歩く。 そして、月乃に聞こえないあたりで一言。 「君も悪趣味、か。  一体どこの性悪に奪われたんだか」 耳まで赤くなった顔が学食までにおさまらなかったら その時は遊んだ詫びにフォローをしてやろう、と そう考えて一夜も少し歩みを速めた。  

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