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第5話 触れた手

  全寮制の男子校となると、ほとんど寮と学校を行き来するのみで日々が過ぎていく。 生活に必要な日用品や小物を買う時はあれど 女子と違い男の場合は必須な物が少ない。 食事に関しては学食や寮の食堂がある。 そんな環境の中、ほとんど出歩かなくなる生徒も居る。 月乃も、そんな生徒の一人だった。 「おやまあ、珍しい。  黒崎くんが外出届なんて」 「……門限までには、ちゃんと帰ります」 「はいよ、行ってらっしゃい。  気をつけてね」 しかし、それでも何ヵ月かに一度は比較的上機嫌で街に出かける。 その行き先はほとんどが本屋。 そう、読書家の月乃は、この何ヵ月かに一度のシリーズものの新刊の発売日を 日々の生活の中でとても楽しみにしていた。 「なあ黒崎、ちょっと金貸してよ、  ちゃんと返すからさあ」 だが、本屋へ向かう途中、 ゲームセンターの前で、月乃は数人の同じ学校の生徒に囲まれた。 つい最近見た顔だ、と思いながら無表情でぐるりと見回す。 それもそのはず、相手は先日の体育で同じチームになった柴田達だった。 一様ににやにやと笑い、明らかに月乃を見下してきている。 「君ら、金欠なのにこんなところで遊んでるのか。  何に使ったか知らねえけど、寮に帰った方がいいと思うぜ。  君らに貸す持ち合わせはない」 「いやいや、そう言わずにさあ。  この前一緒にバスケしたじゃん、な?  友達からのお願いだって!」 こんな友人関係があってたまるか、と月乃は眉間に皺を寄せる。 が、柴田はがしっ、と月乃の肩に腕を回してきた。 逃がさないつもりの姿勢に呆れもあったが、 月乃は息を詰まらせ、慌てたような手つきで財布に手を伸ばす。 「おっ、貸してくれんの?  黒崎優しい!持つべきものは友人……」 「月乃?  何してるの、こんなところで珍しいね」 は、と短い息を吐いて、財布から金を取り出そうとした時だ、 後ろから、柔らかく優しい声がかかった。 振り返ると、そこには月乃の幼なじみであり、同室者の天が居た。 「天……」 「お、王子!  あ、いや黒崎がさ、ゲーセン行ったことないって言うから一緒に行こうかと!なっ!?」 「そうなの?  それなら、僕もしかして邪魔しちゃったかな」 王子、というあだ名で呼ばれて、優等生の仮面を見事に張り付けた天は 柴田に向かってにっこりと綺麗に笑う。 人気があって優秀な天に楯突こうという人間はあまりいない。 どうやら柴田達もそうらしかったが、 心なしか顔色の悪い月乃を見咎め、天は一瞬すっと目を細め 自然な動作で、しかし力強く月乃の腕を引いた。 「でもごめんね、僕、一緒に本屋に行こうって先約を月乃としてたんだよ。  悪いけど君達は今度でもいいかな?」 「あ、なんだそうなの!  全然いいよ、ま、またな黒崎!王子も!」 そそくさと退散していく柴田達がいなくなるまで見送って、 それから天は月乃に視線を戻し、盛大にため息をつく。 「友人関係の買収でも始めたの、お前は」 「……してねぇ。ただのカツアゲだ」 「……ふーん。  お前も馬鹿だね、朝陽なり一夜なりについてきてもらえばよかったのに。  人に触られてそんなんになるんじゃあね」 「朝陽も一夜も、友達と出かけてる」 あっそ、と興味無さげに返事をして、 天は月乃の手を引いて歩き出す。 人見知りが過ぎて悪態をついてしまうほど対人関係が苦手な月乃は、 人に触られる事が大の苦手だった。 幼なじみの3人はともかく、初対面の相手とは握手でさえ苦手で 今のように密着されれば顔が青ざめて震えてしまう。 「俺の買ってる漫画も、最近新刊出たんだよね。  ボディーガードのお礼はそれでいいよ」 「……君、新手のカツアゲみたいだぜ」 それでも、一緒に居てくれる様子の天にほっと息を吐いて、月乃は大人しくついていく。 存外、天にしては優しく掴まれている手首は 先程のものと違ってひどく心地よくて安心した。  

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