6 / 78

第6話 セカンド

    「一夜、前に貸したシリーズの新刊が出たんだ。  君が暇なら放課後部屋に持ってくぜ」 「ああ、そうしてくれると嬉しい。  お前の好きなクッキーでも用意しといてやる」 天に助けられ、無事に買い物を済ませた翌日、 朝食の席で、いつも隣に座る一夜に向かって 昨日買ったばかりの新刊について話し出す月乃。 一夜は、成績自体はあまり良くない部類であったが 文章は嫌いではないらしく、月乃が読む小説は毎回読んでいた。 読書仲間が居て嬉しい月乃も、この話をする時だけは珍しく柔らかいトーンで話す。 「今回の話はな……」 「月乃、気持ちはわかるがそれはもう少しオアズケしてくれ」 上機嫌ゆえか、月乃がつい物語について話してしまいそうになった時だ、 一夜はむに、と月乃の唇を人差し指で押さえた。 おっと、と言って素直に謝る月乃は気づいてはいないが まるで恋人同士かのような距離感と仕草に 二人に対する怪しい噂はいくつかあった。 勿論、秘密ではあるが月乃の想い人は天だし 一夜も男が好きだなどとは一言も聞いていないのだから、 根も葉もない噂ではあるのだが。 「じゃあまた、昼休みに。  一夜は放課後もか」 「ああ、楽しみにしてる」 始業前に、教室前でいくつか会話をして、 それぞれのクラスに向かう際にも 一夜は月乃に優しく笑いかけ、その頭を撫でる。 照れるでも不機嫌になるでもなく普通にしている月乃を見て 隣の朝陽が嬉しそうに笑った。 「一夜が居ると、月乃が上機嫌で嬉しい」 「なんだそりゃ。  俺、別に君相手でも上機嫌だぜ」 「ふふ、ほらな、機嫌いい」 はにかむような嬉しそうな朝陽の笑顔に、 月乃は少し首をかしげる。 「天の時も機嫌は悪くないけど  なんか、どっか緊張してるから、月乃は」 「そうか?  まあ、そういえば天とは寮以外であんまり一緒に居ないな」 だろ、と続けたあたりで朝陽がクラスメイトに呼ばれ 月乃はいつも通り席について読書を始める。 自覚こそなかったし、失礼な言動の多い一夜相手に気にしたことはなかったが そうか自分は機嫌が良くなるのか、と 新たな発見に心なしか雰囲気が軟らかくなった。 「そういえば君、部活はないのか」 「今日は休みだ。明日はある」 放課後、約束どおり一夜の部屋にやって来た月乃は 慣れたように一夜の広い背中に凭れて雑誌に目を通している。 小説だと集中し過ぎてしまうから、と一夜に言われ毎回雑誌を読んでいるのだが そう言う一夜こそ小説を貸すと集中してこちらを放っておくだろう、と月乃は少し不満を内心で毒づく。 しかしそれにしても、一夜は部活で剣道をやっているだけあって姿勢が良い、 もたれ掛かっても全然ぶれない、と 好奇心で月乃は少し体重をかけてみた。 「……どうした、飽きたか?  それだって一応、新刊なんだが」 「え、ああ、いや、別に。  君の姿勢がいいから、悪戯だ」 「そうか……ああ、成る程。  それの特集は恋愛についてだったか、  月乃には刺激が強かったな?」 「な、っ、そんな事ない……っ!  第一まだそんなところまで行ってない!」 笑いが背中越しに伝わってきて、月乃は慌てて反論する。 それでも笑う一夜に、月乃は悔しくなって唇を尖らせながら雑誌に視線を戻す。 「……そういえば、最近ファーストキスしたんだったか、  相手は誰だったんだ?」 「そ、んなの、君に関係ないだろ」 「そうか。  お前は初めてでも、そうだな、  天あたりは経験が多そうだ、アドバイスでももらったらどうだ」 「っ」 ファーストキスの話題な上に、天、と名前が出たものだから 思わず月乃は動揺で肩を震わせてしまう。 そしてそれは、先程の笑いのようにダイレクトに背中越しの一夜へと伝わる。 「……成る程?  君も悪趣味、の性悪は天の事だったか」 「あ、れは、事故みたいなもんで……!」 「なら、セカンドは俺でいいな」 「は……、……?」 ぐるり。 腕を引かれて体を反転させられたと思えば 目の前に、いや、視界いっぱいに一夜の顔。 しっかりと重なる唇に、月乃は何が起こっているか理解ができなかった。  

ともだちにシェアしよう!