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第15話 好意と安心

    「悪い、風呂、借りたぜ……」 「ああ、別に構わない。  落ち着いたみたいでよかった」 あれから天は、また今度、と言い残して 心配そうな朝陽と一緒に帰っていった。 半ば放心する月乃に、とりあえず風呂に入って落ち着け、と一夜が促して それからしばらくして大分落ち着いた様子の月乃が出てきた。 そして、一夜も入れ違いに風呂へと向かうと 月乃は落ち着かない様子で膝を抱える。 「……月乃、そんなに隅に居なくてもいい」 「…………俺、君に嘘ついてたんだぜ。  怒ってるだろ、君……」 「怒るって言うより……  あの時、気づいてやれなかった事が悔しくはある。  ああ……勝手に冷蔵庫開けててよかったのに。  ほら、飲むか?」 苦笑する一夜に差し出されたミネラルウォーターを受け取った月乃は 複雑そうな顔でごめん、と謝る。 「君に優しくされるような、  そんな価値のある人間じゃないんだ俺は」 「関係ないさ、俺が優しくしたい」 「あの時、君が止めてくれなかったらきっと、  ひどかったと、思う。ありがとう……」 「ちょっと、見てられなかったからな」 隣に腰を下ろした一夜は、月乃を自分の方へと優しく引き寄せる。 そして抱えるようにして頭を撫でてやると、月乃はどこか安心したように目を伏せた。 「君がこうしてくれたり、その、キスしてくれたりとか、すると  俺は君に嫌われてない事実に安心してしまうんだ……  自分でも、ひどいと思う。  君からの好意には応えられないのに」 「俺は月乃を嫌わないさ。  何を隠してたって、月乃の外側だけが好きなわけじゃないからな」 「……君は普段、多少言動が自由だけど、  望めばいくらでも、選べるのに」 「月乃じゃないと意味がない。  隠し事っていうわけじゃないが、  俺の気持ちは相当に重いからな」 月乃は、人から、はっきりと恋愛的な好意を向けられるのは初めてだった。 いつだって嫌悪の方が多いし、そうでなければ無関心で。 応えられないくせにすがってしまう自分は嫌になるが それでも一夜からの好意はひどく心地よかった。 「そろそろ寝るか。  ほら、こっち……ああ、一人部屋だからな、狭いのは我慢してくれ」 「えっ、いや、俺は床でいい……」 「それは俺がよくない」 自分のベッドへと寝転がった一夜は、 月乃の腕を引いて自分の腕の中へと閉じ込める。 後ろから抱き込むようなそれに、 月乃は落ち着かなさそうに身動ぎしたが 少しして大人しくなった。 「また朝陽に、怒られそうだ」 「おかしいな、いつもこのくらいの距離だろう」 このままズルズルと好意に甘えるのはダメだと、 頭のどこかではわかっているのに。 拒否をして嫌われてしまったら、という恐怖と 何よりも安心する気持ちに、月乃は一夜からされる事を拒めないでいる。 そんな気持ちでしばらく考えたあと、月乃はぽつりと話し出した。 「寝てても寝てなくても、そのまま聞いてくれ。  俺は別に、君らを信用してなかったわけじゃない。  担任は、学年主任だった。君らの内申をどうとでもできた、それだけだ……」 「……ああ、後半、変に成績が上がったのはそれか」 「進路を変えたのは、天の事だっていうのは半分本当だ。  それに、天にも、君らにも、あんな事知られたくなかった。  でも何よりの理由は、担任に家を知られているのが怖くなったからだ」 「残念、今がまだ中学時代だったら、  あいつくらいどうとでもできたのに」 言いながら月乃を安心させるように撫でてやり、 まだ先のありそうな月乃の言葉を促す。 「いつも、首を隠してんのは……  そういう事をされる時、毎回そこに痕をつけられてたから  とっくに消えてるのに、まだそれがありそうに思えて……気持ち悪いんだ」 「……ひとつだけ、聞いてもいいか」 「……何だ」 「思い出させて悪いんだが……  その時、一回でも、最後までされたか?」 一夜の真剣な声に、月乃は数秒の間を置いてから 緩く首を横に振った。 「それだけは、されなかった。  際どい事ばかり、されてたけど」 「……そうか。  お前の話を、聞けてよかった……おやすみ」 「…ん…おやすみ」 後頭部に感じた柔らかい感触に 月乃は安心したように目を閉じた。    

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