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第30話 3

      「別に泣いてねぇよ、寮に帰る気しなかっただけだ」 自分のところへ来た一夜に、月乃は笑いながら答える。 しかし一夜は苦笑して、月乃の頭を撫でた。 「お前は表面上は泣かないけど、  時々こっそり泣いてるだろ。  今だって、寂しそうだ、何かあったか?」 「……は、君には一生敵いそうにねぇなあ」 くすくすと笑って、月乃は昔を思い出す。 いつもこうやって一夜が来ていた。 自分が落ち込んだ時、寂しい時、 本当にエスパーなんじゃないかと思うくらいに 一夜がやってくるのだ。 「父さんがさ、卒業したら俺とは関係ないって  そう言って面談に来ねぇんだ」 「……月乃の親父さんは、特殊だからな……」 「いや、まあ別にいいんだけど。  どうせそう言われたらさ、  選択肢なんて1つしかねぇんだし」 「……よくないって顔してるのに?」 強がって言った言葉をすぐ突かれ、 月乃は少しやりにくそうに一夜を見る。 すると、一夜は悪戯に笑ってから 月乃の額を小突いた。 「俺相手に隠し事できるとは思わない方がいい。  正直に話していいぞ、誰も聞いてないし」 「……本音は、大学に行ってみたい、  俺、知識増えるの好きだし。  ただまあ、バイトは難しそうだな、俺は」 今だってクラスに溶け込めないし 一夜や天、朝陽以外の人と話す時はやっぱり怖い。 きっと接客はできないんだろうが 高校生のできるバイトに裏方や事務がないのも事実で。 「まあ、そもそもバイトで補えない額なのはわかる。  だから就職でいいよ、奨学金も払えるかわかんねーし」 「……月乃は、それでいいのか」 「…………社会不適合者って大変だなって  今すげぇ思うよ、俺は」 そこまで聞いて、一夜は考えるような顔をした後 月乃の肩をそっと引き寄せた。 「……君な、ここ学校だぞ」 「いつもの事だろ。  それに、誰も来やしないさ」 「別にいいけど、  俺なんかと噂されて困るのは君だろ」 「馬鹿言うな、お前と噂になったら寧ろ  事実だって開き直ってやる」 楽しそうに笑われて、月乃は安心する。 家族の事で悩んでいる時に、一夜はこうして 自然に悩みを軽くしてくれる。 何より一夜が来てくれるという事に安心して、 それに決して自分を否定しない相手はありがたかった。 しかし、そんな時、二人の近くで足音がした。 慌てて離れた月乃の前へと現れたのは 黒髪で女性にしては背の高い、気の強そうな美人。 けれど相手を見て、月乃は少し目を丸くしてから どこか安心したように肩の力を抜いた。 「アンタねぇ、もうすぐ順番だってのに  こんなところで月ちゃんといちゃついてんじゃないわよ!  あ、月ちゃん久しぶりね、いつもこのバカ息子の  相手してくれてありがとう」 「あ、いえ……お久しぶりです、一葉さん」 「なんだ母さん、もう来てたのか」 その女性は、駿河一葉という、一夜の母親だった。 にっこりと月乃に笑いかけてくる一葉が 月乃は付き合いやすく好きだったし 自分に好意的な相手だからと安心する。 「一夜は今日だったのか」 「そうだ。  忙しいからって無理矢理今日にされた」 「来てもらえるだけ有り難いと思いなさい!  全く、もうすぐ時間でしょ、行くわよ。  あ、月ちゃんまた夏休みに帰ってきてね、  月ちゃんの好きなものたくさん用意しておくから!」 「はは……ありがとうございます」 一夜と一葉は、時間がないと足早に立ち去っていった。 そしてだいぶと気が楽になった頃、 そろそろ帰るかと月乃が立ち上がろうとした時だった。 「こんなところに居たのか、月乃。  さっきのは一夜くんか、  相変わらず仲が良いな」 「……い、伊月兄さん……?」 静かな足音で、静かな声で 兄の伊月がそこに立っていた。  

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