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第31話 わがまま

    行くぞ、と伊月に手を引かれて、月乃は校舎へと連れていかれる。 どうしてここに、何で今日、と そればかりが頭の中をぐるぐると巡り 気づけば自分のクラスの教室前へ立っていた。 「伊月兄さん、その、俺面談は……」 「お前が一向に連絡をくれないもんだから、  朝陽くんに久しぶりだと連絡をとったら  お前の面談の事を聞かされてな。  慌てて飛んできて、それで担任の先生に話したら  一番最後に時間をとってくださったんだ」 「朝陽が……?」 「心配してたぞ、父さんとの事」 ぽんぽん、と、自分よりかいくらか身長の高い兄に 月乃は初めて頭を撫でられた。 どこかむず痒く、気恥ずかしいそれに俯くと 心なしか伊月が笑った気がする。 「ほら、入るぞ。  少しは考えてるんだろう、将来の事」 ノックをして礼儀正しく挨拶した兄に倣って 失礼しますと畏まった月乃に、 中に居た担任は安心したような顔で笑っていて。 それから色々な資料を出してくれた。 「まあ、二年生なんで方向性だけでも、と  そういうもんなんですが……  月乃くんは成績も優秀ですし、選択肢は多いですよ」 「そうですか、それは安心しました。  月乃、どうしたいんだ、何かあるか?」 「え、いや……就職、しようと思ってたけど」 「就職?  何か将来目指しているものがあるのか」 少し驚く兄に、そういうわけでもないけど、と 言葉に詰まると、伊月は思慮するような仕草のあと いくつかの資料を月乃に向けて広げて見せた。 「金銭面なら心配するな、俺がなんとかしてやる。  それで、こっちは専門色の強い大学だな、  美大に音大、体育大……何か興味のあるものは?  医学部に文学部、法学部なんかもあるな」 「だから兄さん、俺……」 「ちゃんと自分のやりたいようにしなさい、月乃。  将来の夢を見つけるのは大学に行ってからでも遅くない。  社会人になるとな、難しくなるぞ」 「……、……じゃあ、とりあえず大学で、考えます」 「うんうん、よかった。  黒崎は本当に物静かで心配だったからな。  そういう事ならいろいろとサポートしていく、  ああ、まあ三年がメインなんだけどな」 それでも担任は三年間変わらないから、と 安心したように笑ってくれたことに月乃もほっとして。 それから教室を出て、寮までの道を伊月と歩く。 「あの、兄さん、今日はありがとう……」 「いいか月乃、これからはこういった行事なんかは  全部俺に伝えること、いいな?」 「いやでも、兄さん忙しいから……」 「お前を構う時間くらいある。  最近、仕事も安定してきてな、余裕ができたから、  今まで構ってやれなかったぶんを取り戻させてくれ」 そう言われれば、心なしか伊月の雰囲気が 柔らかくなっている気がする、と 月乃はそんなことを思って伊月に頷いた。 そして何度か迷ったように伊月を見た後、 思い切って伊月の腕を掴む。 「月乃?」 「あ、の、兄さん、忙しいの知ってる。  でもその、たまにでいいから、  こうやって兄さんに会いたい、話したい……  わがままだけど、ダメかな……!」 月乃にとって、初めての家族へのわがままだった。 小さい頃から家族と関わりの薄かった月乃は とにかく家族への憧れが強かった。 今ならもしかしたら、と、月乃は強く 家族との関わりを欲した。 父親からの言葉に傷ついていないふりをしていたが、 本当は、いつだって関わりを持ちたかった。 「嬉しい。  俺もお前と、いろいろな事を話したいよ、月乃」 「……っ!」 「またいつでも連絡をくれ。  可愛い弟のためなら、いつだって飛んでくるから」 「わ、わかった……!  今日はありがとう……また、連絡するから!」 優しく笑った伊月は、軽く手を振って帰っていった。 そうして月乃は、兄と会えることに 関わりを深められることに嬉しそうに笑って。 また近いうちに話そう、と ポケットの中のケータイを握りしめながら幸せに浸った。    

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