34 / 78

第34話 2

     翌朝、月乃は一夜と寮の門で待ち合わせをして 約束どおりにデートなるものに出掛けていた。 他の二人に内緒、と言われていたわりには 一夜から言っていたし、部屋を出る前には 天から口酸っぱく門限は7時などと言われてしまったが 一夜が満足そうなので月乃は良しとした。 「で、君の念願らしいけど……どこ行くんだ?」 「ん?  あぁ、映画だ。  月乃が好きな小説のシリーズ、今やってるだろ」 「ああ、あれか。  そうだな、見たいと思ってた」 楽しそうに歩く一夜をちらりと見上げながら、 月乃はどうして自分なんだろう、と疑問を持つ。 これだけ背が高く、顔も良く、性格も良く。 隣の女子校の生徒や、果ては同じ学校の男にまで モテるらしいし、それをからかった事もある。 けれどもずっと、目移りすることなく月乃だった。 天が好きだったはずなのに、その眩しいくらい まっすぐな好意に、誰よりも隣に居て安心する感覚に わからなくなってしまっている。 「……俺と二人きりの時に、他の考え事か?」 「え、あ……悪い。  いや……君の事も考えてた、君モテるのに……っ」 「デート中にそんな野暮な話はやめてくれ。  俺は今までもこれからも、  月乃以外を見る気はないよ」 言葉の途中で、大きな手で口を塞がれて それから優しく笑われる。 ぶれる事なくまっすぐな視線と好意に 月乃はどうしても照れてしまって、 俯いてから赤い顔のまま謝った。 「だからな、月乃」 「……ん?」 「俺も天も、あんまりおあずけされると  我慢がきかなくなるかもな、  気が長くも器が大きくもないから……  このまま平行線なんて真っ平ごめんだ」 「っ……!」 くすくすと、意地悪く笑う一夜は まるで昨日の朝陽と月乃の小声話が聞こえていたようで。 しかしこれはきっと、一夜だからこそ 自分の考えが見透かされているんだとぎくりとする。 自分の感情も考えも、一夜に隠しとおせた事なんて 一度もないし、だからこそここまで距離感が近いのだ。 「君、本当にエスパーか何かじゃねえのか」 「わかるんだよ、月乃の事が。  もしこれが超能力の類いだっていうなら  俺はそれを誇りに思うけどな」 「……卒業までには、ちゃんと決めるつもりだ」 「流石にそれまでに、どっちかの気持ちは  変わってるだろうなんて、  そんな考えの甘いお前も好きだよ」 思わず肩をびくりと震わせれば、 一夜はくすくすと笑って月乃の頭を撫でた。 しばらく他愛のない会話をしながら歩くと、 休日で賑わう映画館へと着く。 慣れたようにチケットを買って、ドリンクを買って シアターへと月乃を連れる足取りも迷いがない そんな一夜に、意外にこういうところによく来るのか、と 疑問を投げ掛けると、少し振り向いて笑われる。 「ホラーは一人でよく見に来る、  お前は苦手そうだからな、誘えなくて」 「ああ、そう……。  君、意外とエグい趣味してるもんな」 確かに一夜の部屋には、ホラーだったり スプラッタだったりと、そういったDVD、小説が 並んでいた、と思い返しながら そういったものが苦手な月乃は寒気がしたように腕を押さえる。 テレビ番組の真夏のホラーや、医療ドラマの手術シーンだって苦手なのに そんなものをスクリーンで見たら確かに気分が悪くなっていただろうと 一夜の言葉に納得して後をついていった。 「怖かったら手を握っててもいいぞ」 「完全な暗闇じゃなかったら平気だ」 加えて、月乃は暗闇が苦手だ。 正直映画館も初めてで、どれ程暗くなるのかも わかりはしていなかったが、 流石に完全な暗闇にはならないだろうと そう思って席につく。 程なくして、上映が始まったシアターには 二人以外の客は疎らなようだった。 「……、……一夜」 「……映画の間だけだ、いいだろ」 「…………はぁ」 上映中、ほとんど序盤のところで、一夜がそっと月乃の手をとって指を絡めてきた。 恋人がするようなそれに、公共の場だということも含め、極めて小さな声で注意を促すが、 一夜は小さく笑うだけでやめる気配がなく 仕方なく月乃はそのままに映画を観た。 「映画、よかったな、月乃」 「……ああ、そうだな。  内容は凄くよかった、ありがとう」 「なんだ、トゲのある言い方だな」 上映が終わり、映画館から出て、昼食のために歩き出した二人だったが 月乃が何やら少し不服そうにしていて。 それが何か既にわかっているような一夜は 笑いながら月乃に先を促す。 「君、小説の内容、めちゃくちゃ覚えてるんだな……  主人公と恋人が手を繋いでお互いの気持ちを確かめるシーンは  君の手を意識しすぎてまともに台詞が入ってこなかった……!」 「お前が素直になった気持ちなら、  どんな返事でも俺は幸せだ……か。  はは、まるで現実みたいな台詞だな」 「本当に、君はいい趣味してるぜ」 少し顔を赤くして言った月乃に一言謝って 一夜はそっと月乃の手をひいた。 「お前が好きなものを一緒に観たいと思ったのは  それは本当だから、許してくれ」 「……昼は、君の好きな所に連れていってくれたら  仕方ないから許してやる」 「はは、月乃はやさしいな」 任せておけ、と言った一夜の顔は幸せそうで 月乃はそれを見て自分も幸せな気持ちで笑った。  

ともだちにシェアしよう!