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第46話 抗い方のススメ
女子か、と、月乃は鞄の中身を見ながら
小さな声で苛立たし気にそう呟いた。
午後の授業は、二時間続けて体育祭の練習。
先日、無事に50m走だけの出場に留められた月乃。
練習というほどのものを必要としない競技だが
授業ともなると単位のために出ないわけにいかない。
少々だるく思いつつも、月乃は着替えようと
鞄を覗いたのだが、そこにあるはずの体操着がない。
「……もっと、殴ったりだとか想像してたんだけどな」
隠してはいるが、それでもちらちらと嫌な視線を
こちらに寄越してくる柴田達のグループに
月乃は予想通りだと思いながらも、
まるで女子のような陰湿なやり口に辟易する。
隠されたか捨てられたか、どちらにせよ
友人の少ない月乃が頼れる先は少ない。
そして、練習は天達のクラスと合同だ。
つまり同じクラスの一夜も、それに千風も、
貸せるぶんは持ってはいないということで。
まさか寮に戻ってもらうわけにはいかない。
「何、どしたの月乃」
「朝陽……。
ああ、その、ジャージ忘れて……」
「ええっ!?
あ、寮戻る?おれ先生に言っとくよ」
「いや、今日使わないって勘違いしててな、
昨日洗い替えごとランドリーに突っ込んだから……」
心配そうに見てくる朝陽には、とにかく誤魔化した。
前回の事もあるし、あまり余計な心配をかけたくない。
身体へダメージがあるわけでもないし、
保健室に行けばあるだろうと、そんな事を思って
月乃は朝陽に教師への伝言を頼んでから
保健室へと向かう。
「すいません、先生……あれ、居ない……」
がらり、と保健室の扉を開けて中を覗くが
予想に反して保険医は席を外していた。
まさか、と思って扉を見ると、出張中の札。
授業を見学する事もできるが、
何せ朝陽だけでなく一夜も天も居る。
きっと問い詰められるだろうと考えて
月乃は深いため息をついた。
「……何、先生は出張中……って、月乃くん」
「え、あ……風磨先輩……」
「どうしたの、怪我?それとも体調悪い?」
「あ、いやその、ジャージを、忘れて……
授業を勘違いして、昨日洗い替えごと
一式、ランドリーに突っ込んだから、その……」
月乃が諦めかけたその時、
カーテンレールを開けて奥のベッドから
起き上がってきたのは、風磨だった。
どうして出張中の保健室に入れているのかと
そんな疑問も浮かぶが、とにかく今は体育に間に合うかどうかが問題で。
言いにくそうにする月乃に、風磨は
少し考えたような顔をした後、待ってて、と
そう言ってベッド脇にあった鞄を漁った。
「はい、これ。
月乃くんには大きいかもしれないけど、
まあ動けるんじゃないかな」
「えっ、あ、ありがとうございます……!」
「ああそうだ、貸すのは貸すけど……
放課後でいいから、自分のジャージ、
ちゃんと取り返すんだよ?いい?」
「っ!!」
自分のジャージを渡しながら少し真剣な声音で
確信めいて言う風磨に、月乃は勢いよく顔を上げる。
相変わらずゆるく笑ってはいる風磨だが
驚いている月乃の額に、びしりとでこぴんをかます。
「痛っ……!」
「嘘つきたいなら、そんなに眉間に皺寄せないの。
あと俯かない、堂々と言いきる。
そうじゃないとすぐバレる、今みたいに」
「……わ、わかりました」
「まあ、月乃くんはわかりやすいけど。
あんな事された数日後にジャージって、ね。
あの事知ってる奴以外じゃないと
流石に察するよ。じゃ、頑張ってね」
ぽんぽん、と、軽く月乃の頭を叩いてから
風磨はまたベッドへと寝転がる。
そして改めて礼を言った月乃は、
急いで着替えてグラウンドへ走った。
身長が一夜と変わらないほどある風磨のものは
月乃には少し大きかったが、それでも神の助けのように有り難かった。
「月乃、よかった!
まだ先生来てないよ、大丈夫!」
「……っ、そうか、よかった……」
「あれ、ジャージ……そっか、兄ちゃんに借りた?」
「ああ、うん……そうだ、な……っ!?」
着くなり笑顔で迎えてくれた朝陽と千風と、
息を切らしつつもほっとした気持ちで談笑していると
突然強く後ろへ腕が引かれた。
慌てて振り向けば、仏頂面の天と、それから一夜。
「この際、他人のもの着てんのはどーでもいいや。
お前が朝、鞄にしっかりジャージ入れてんのを、
俺は見てるんだけど……なあ、月乃」
「……あ……そうか、君同室だったよな……」
「……つ~き~のぉ~?」
「…………ゴメンナサイ」
そういえば元々誤魔化せない相手がいるじゃないかと
月乃は今更ながらに気付き、そして背後からの
低い低い朝陽の声音に、冷や汗を流して謝った。
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