47 / 78

第47話 2

    「お前、なんでそんな平気そうな顔してんだよ」 手間が省けてしまった、と 月乃は体育が終わったあとジャージから着替える前に 話しかけてきた柴田を見てそう思った。 不服そうな顔をする柴田は、珍しく取り巻きの二人を連れていない。 月乃を壁際に追い詰めて睨み付ける様は 随分と苛立っているようだった。 「……そもそも、君がここまで俺に固執する  その理由がよくわからないんだけど……」 最初の挨拶を断って、それだけで ただ自分を無視すればいいだけなのに、と カツアゲ紛いの事から始まり、この間のアレや 今回のジャージ紛失など、よくもまあやるもんだと 月乃は柴田をじっと見て問いかける。 「お前が、俺の事すげえどうでもいいって  そう思ってっからだよ!」 「……は?  あー、いや、初対面のアレは別に君だけじゃ……」 「そうだよな、お前は本気でアレが初対面だって  そう思ってるんだよな、よくわかるぜ  お前が心底俺に興味無かったってな!」 「……えっと……ちょっと落ち着いてくれ、柴田くん」 てっきり、目付きが気に入らないだとか 暗いだとか気持ち悪いだとか、そういう罵倒を されるものだと思っていたから、 月乃は困惑して柴田を止める。 しかし、柴田はその勢いのまま言葉が止まらない。 「覚えてねぇんだろお前、中学三年間、  俺と同じクラスだったなんて!」 「……、…………あー……悪い……」 まさかの事実を言われて、月乃は懸命に記憶を辿るが 残念な事に柴田の記憶は一切出てこなかった。 未だに月乃を睨む柴田に、ばつが悪そうに謝るものの 思っていたものと違いすぎる理由に やはり月乃としては困惑が大きい。 「……でも、それならそうと言ってくれれば……」 「言おうとしたらテメェが遮りやがったんだろが!」 「………………悪かったよ」 弁解の余地がない、と、月乃は素直に謝る。 それにしてもなんだか子供な理由だと、 ついそう思い、柴田を恐る恐る見上げるものの 柴田はまだ不服そうな顔だった。 「お前、一緒に図書委員会やったり、  何なら何回も隣の席になったし……  わりと、本の話もしたじゃねえか……」 「…………図書、委員会……?  同じクラスって……それで話してたのって……」 拗ねたように言われて、月乃は朧気な記憶を辿る。 確かに図書委員会はクラスで二人選出で 月乃は確かに、その相手と話した記憶があった。 一年と三年の時はやる気のない不良のような相手で 話す気にもなれなかったが、 二年生の時、同じクラスで選出された相手とは よく本の話をした、それは確かに覚えている。 しかし月乃は、その相手と目の前の柴田が どうしても結び付かなかった。 「俺の記憶の中の雄星くんは……その、  かなりふくよかだったと思うんだけど……」 「高校デビューしたんだよ!  お前、最初俺の行けなさそうな高校行くって  そう聞いてたから諦めてたけど……  志望校同じになったからすげえ頑張って  痩せてやったのにお前何にも気づかねぇし!」 「……いや、わかるか!!  中学の時と性格まで全然違うじゃねぇか!  同姓同名の別人にしか見えねぇよ!」 「わかれよ!  お前だけだったんだぞ、中学ん時……  デブで暗かった俺とまともに話してくれてたの!」 だから不登校にならなかったのに、と そう続けられて月乃は罪悪感を覚えてしまう。 目の前の柴田は、程よく健康的に焼けた肌と そこそこ引き締まった体つきをしていて 顔立ちも一見したら爽やかスポーツ少年のようで。 中学の時に月乃がよく話していた雄星くん、は 肉付きのよすぎる色白で穏やかな生徒だった。 わかるはずもないだろう、そう思うが、 柴田からしてみれば一年間と少し、無視をしたような そんな感覚だったのだろうか。 「腹立ったから、中学で俺がやられてた事とか  言われてた事全部やってやったんだよ、  いやレイプはされてねぇけど!  お前中学では陰で人気あったから……  お前が幼なじみのあいつら以外で俺くらいとしか  喋ってなかったから、俺はすげえ言われたけど」 「……悪い……けど、その、あれは……  怖かったから、もうやらないでほしい」 「悪かったよ……。  もうしねぇし、お前にも関わんねぇよ」 「…………また、話してはもらえねぇのか」 「は?」 がりがりと頭を掻きながらため息をつく柴田に 月乃が窺うように言えば、柴田は驚いて目を見開く。 「あのなあ、俺はお前に散々嫌なこと……  大体、もう嫌いになったろ」 「……人を嫌うのは、しんどいんだ。  君の事嫌いじゃなかった、興味もなかったけど……  けど、雄星くんとは……また話したいと思う」 「……はぁ……そんなに隙だらけだからお前、  陰で狙われたり気持ち悪りぃズリネタにされたり  そういう事されんだぞ、全員シメてやったけどな」 「…………ず、りねた……って、なんだ?」 「……いい、忘れろ」 中学で連絡先を聞いておけばよかった、と ため息と共にぼやきながら、柴田は月乃を解放する。 それからすっかりホームルームの終わった教室へと 戻り、鞄からきちんと畳まれた月乃のジャージを取り出した。 「ちゃんと俺に言ってきたら、  お前に貸してやる用のやつ持ってきてたのによ……」 「…………君、相当ひねくれたなぁ……」 それはもう嵩張っただろうに、と 月乃は度を超した柴田のツンデレに 苦笑いをするしかなかった。    

ともだちにシェアしよう!