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第57話 3

      浅原千風という奴は、何かと金にがめつい奴だった。 早朝、放課後、それから、深夜。 人手不足でオーナーがクズだったコンビニで、 そいつは、大丈夫か、ってくらいにシフトに入って 金の計算だけは早く、レジの金額が合わなかった事なんてない。 廃棄の弁当やパンを本当に有り難がって、 金を使う事を極端に嫌がる奴。 「おまえってさ、なんでそんなに働くの」 「……生活費がいるから」 おおよそ、一般的な高校生のセリフじゃない。 深夜シフトに入るのなんてそりゃ勿論アウトだけど 頻度が少なかったから外泊届けで誤魔化していたし 給料が凄くいいから、と言っていた。 警戒心の強い千風は、おれとも他とも、 あんまり話さなかったけど、聞いたことには ちゃんと答える奴だった。 時々、バイト先に迎えに来ているのは兄のようだ。 そして、ある時事件は起きた。 「おい浅原、お前が盗ったんだろ!」 「俺はやってない!」 「じゃあ誰がやるんだよ!  人の財布から金盗むなんて!」 勤務中、鞄の中に入れていた財布から 金銭がなくなっていたスタッフ。 生憎防犯カメラも映らない場所で バックルームに当事者と一緒に呼び出されたのは 金にがめつい事が知られていた千風。 オーナーも一緒になって問い詰めているあたり、 どうやら犯人でも犯人じゃなくても 犯人にしてしまえ、という魂胆だろう。 「……あの、ちょっと任せていいですか」 「え?橘、裏入るの?  今すげぇよ、やめとけば?」 「大丈夫ですよ、ちょっとだけですから」 なんとなく。 本当に、なんとなく、気に入らなかった。 千風の事は好きでも嫌いでもなかったし、 正直な話どうでもよかった。 でもおれは、バックルームのドアを開けて 事務所まで直行して、そこに割り入った。 「浅原、本当にやってないですよ。  今日はずっとレジ居てくれました、  休憩時間はおれと一緒だったし、  それ以外は一回も裏入ってないんで」 「……橘……」 「いい加減解放してやってくださいよ。  ……金とられた事実もないのに、  冤罪なんて可哀想でしょ」 「な……っ!!」 そのスタッフは確か、狙っていた客が 千風に連絡先を渡していたなんて事がきっかけで 千風の事を目の敵にしていたし、 仕事ができる事もとても気に入らない様子だったから とりあえずカマかけてみたら、ビンゴ。 そして解放された千風は、バイトが終わった後に おれを待っていた様子でぱたぱたと駆け寄ってきた。 「あのっ!ありがと、橘くん……!!」 「え、ああ……別に。  おれが気に入らなくてやっただけだから  気にしなくてもいいよ~」 「……おれっ、橘くん、すきだ!!」 きらっきらと、目を輝かせてくる千風に なつききった犬みたいだって思って。 それから一緒の学校な事も知って、 風磨というらしい兄とも知り合って、 でもまだ月乃達と合わせたくないなって思ったから 教室には来るなって言って。 シフトが目に見えて減らされたバイトを辞めて 新しく駅前のカフェに採用された時に 千風もついてきた事にはちょっとびっくりした。 「……なあっ、朝陽くん……!  俺と、付き合って、くんないかな!」 「いやごめん、おまえの顔が好みじゃない」 一緒に過ごすうちに恋愛感情を抱かれて ついにはされてしまった告白。 けれど、顔立ちはそこそこ整っていても 美形や美人というわけじゃなかった千風は 好みじゃないからって、秒で断った。 何より月乃や天の顔がおれ好みに出来すぎていた。 その時はまだ、千風の事はどうだってよかった。 「……朝陽くん、ごめん……  月乃くんが、レイプされかけたの、あれ、  俺のせいな、ん゛……っ!!!」 ひどく落ち込んだ様子で、言いにくそうにしながら、 風磨に付き添われるようにしておれの前に来た 千風の頬に、綺麗に炸裂した右ストレート。 「……おれの大事なもんに何してくれてんだ。  月乃が引きずるようなら、  おまえの事、絶対にゆるさねえぞ」 ドスのきいた、低い声。 青ざめて怯えたような千風にお構い無しに、 おれは初めて、千風を、 おれの大事なもんを傷付けようとした奴だと、 そう、明確に意識した。    

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