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第60話 傷痕
体育祭も無事に終わり、衣替えの時期を迎えていた。
月乃は首に実際には何もないだけまだマシだったが
千風や風磨は毎年この時期は難儀だ。
「暑そうだね、おまえ」
「朝陽くん……。
いやでも、俺の体汚いから。
俺、変な噂とかめんどくせぇし……
兄ちゃんにも迷惑かけちゃうから」
「ふーん。
ま、別にいいけど……
月乃が心配するから、倒れないでね」
「あ、うん、毎年の事だから大丈夫!」
父親からの暴力は、殴打に加えて煙草も、
皮膚が切れたものもある。
薄い痣や軽い傷は比較的綺麗に消えるが、
火傷痕はそうもいかない。
腕にも沢山あるそれは、見た目も酷く
千風と風磨の長年のコンプレックスだ。
「……汚くなんかないのにな」
「えっ?
なんか言った、朝陽くん?」
「別に。
おまえの傷になんか興味ないって言った」
「はは、そーだよな、ごめんごめん」
じゃあ、と、手を振って、朝陽は千風の前から去っていった。
そして、月乃を見つけると満面の笑みで駆け寄る。
自分と違いすぎる反応に苦笑いした千風は
ネクタイを閉め直して自分の教室に戻った。
「……あれ、柴田くん……だっけ?」
「……えーっと……浅原の、兄貴……ですっけ」
昼休み、柴田は保険委員として
保険医に臨時的な留守番を頼まれていた。
そしてそこにやって来たのは、
今まさに登校してきたと言わんばかりの姿の風磨。
鞄までそのまま持ってきている風磨は、
特に顔色も、どこも変わった様子はない。
「どこか悪いんすか?
風邪とか、腹痛とか……」
「いや、なんでもないよ。
俺はただ単に、学校来ただけ」
「来ただけって……」
「ちょっと寝かせてね。
その後プリントやって提出するし」
戸惑う柴田の頭をすれ違いに撫でて、
それから風磨は奥のベッドへと横になった。
柴田は少し首を傾げながら、
台帳を持って奥のベッドへ近づく。
「……あの、浅原先輩、
台帳なんて記入、っ、うわ、っ!!」
「え……っ!?」
台帳を見ながら歩いていた柴田は
下に置いてあった風磨の鞄に気づかず、
そのまま躓いて風磨の上へと倒れこむ。
そして、その勢いで、風磨の髪がはらわれてしまい
柴田の眼前へと、火傷が晒されてしまった。
「……あー、っと……ごめんね、柴田くん。
嫌なもの見ちゃったね」
「あ、いえ……その……えーっと……」
衝撃で、お互いに中々離れられず
そのまま戸惑いがちに話をする。
しかし、風磨が耐えかねて目線を外した時、
柴田の顔が風磨へと近づいた。
「……っ、ひ……!?」
「あ……っ、すいません……!
その、無意識、なんす……!」
柴田は、風磨の火傷で潰れた瞼を
慈しむようにべろりと舐めあげたのだ。
トラウマの象徴のようなそこへの突然の刺激に
風磨はひきつった声をだし、
それが合図かのように柴田は反射的に身を退けた。
片手で瞼を隠すように顔を覆った風磨が
柴田に向けるのは、どこか怯えたような瞳。
「……痛そうだなって思ったら、つい……
あー……っと、実家で、その、飼ってる犬が、
よく、してくれたんすよ、俺が怪我して帰ってくると……。
俺、それやられると嫌なこととか全部忘れられて、
あ、その俺中学の時はすげーデブでいじめられてて、それで、ですね……」
「……ちょっとびっくりしただけ。大丈夫だよ。
これはその、小さい頃にちょっとね、
危ないのわからなくて、お湯を……」
「見るつもりはなかったんすけど……
その、俺、誰にも言いませんから。
気持ち悪いとかも、思わねえっす、から。
台帳……頭痛とか、なんか、テキトーに書いときますね」
「ああ、うん……ありがと」
少し前に見た柴田は、確かにいじめっ子で。
月乃にひどいことをしようとしていたはずだ、と
風磨は潰れた瞼をそっと撫でながら
そんな事を考えていた。
舐められたのなんて、それもあんなに慈しむように
優しくされたのなんて初めてだと、
物憂げなため息をつきながら、肩越しに柴田を盗み見る。
「……ねえ、俺、浅原風磨。
風磨でいいよ、柴田くん、だっけ」
「風磨先輩……あ、俺、柴田雄星、っす」
なんとなく、気まぐれに挨拶をすれば
照れながらも柴田も返してくれて。
風磨は珍しく、人前で安心して目を閉じた。
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