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第65話 3

  【風磨視点】   「付き合ってるからって、  おまえを一番愛さないとだめなの?」 今年の春先に言われた、その言葉は いつも俺の脳にこびりついて剥がれてくれない。 橘朝陽という存在は、俺にとって特別だ。 「お前らがいるから、俺は好きにできないんだ!」 小さい頃から、俺は父親から暴力をふるわれていた。 最初は母親への暴力を見て、やめろ、やめてくれと 父親の片足にすがるようにして泣きついたのがきっかけ。 そこから少しずつ暴力をふるわれるようになって、 母親が出ていってからは一層ひどくなった。 「にいちゃ、いたい?」 「……いたくない、へーきだよ。  ほら千風、おいで、抱っこしてあげる」 小学校高学年になってくると、 体も大きくなってきて頻度も増えた。 絶対に出てくるな、と、弟の千風を押し入れに入らせて、ひたすら耐える。 一頻り終わると、泣きじゃくりながら 下手くそな手当てをしてくれる千風が大好きだった。 せめて千風は綺麗なままで、と、 そう願ったけれど、中学にあがって、 俺の帰りが千風とずれた事によって、それはあっけなく散ってしまった。 「……ごめん、ごめんな、千風……」 「……へへ……にいちゃ、と、おそろい、だな」 「……っ……!」 護れなかった事が悔しくて、千風が傷ついている事が とても悲しくて、ぼろぼろ泣いている俺に、 千風は痛みにひきつる顔で笑った。 それからは、友達もつくらず、 ただ千風を護るためだけに生きていた。 父親からの暴力は一手に引き受け、そのせいで 体は大分醜くなったが、千風のためならどうだってよかった。 どうしても護りきれない時もあって、 千風の体にもだいぶと痕が残ってしまったけれど 勲章だと笑う千風に救われた。 「……なんだ、これ」 そして高校へとあがった時、俺は父親が 自分の担任している生徒にセクハラをしているという 衝撃的な事実を知ってしまった。 そして、その時に父親から受けた、瞼への煙草は 俺の人生最大のトラウマで。 同時に社会的にいろいろと終わった。 まずバイトの面接は全滅、外出中、風によって 火傷が晒されようものなら奇異の目を向けられる。 弟の千風だけが、醜い俺を唯一認めてくれた。 そして、高校で火傷がバレて、散々にいじめられた 俺は、千風の高校入学を期に全寮制の男子校へと転校した。 これきり迷惑をかけない、という条件で 俺の転校も千風の入学も、祖母が助けてくれた。 「俺、兄ちゃんのためにいっぱい働くからな!」 「……無理しなくていいよ、千風。  兄ちゃんは、お前が元気で楽しく過ごしてるのが  一番幸せなんだからさ」 いよいよ二人だけになった俺達は、 あらゆる方法で生活費を稼ぎ始めた。 千風はバイトを始め、俺はというと、 男好きと噂のある先輩と一か八か、寝た。 するとそれがうまくいき、 そういう相手も紹介してもらう事ができて、 金銭的にはあまり困らなかった。 ただ、精神はやたらと苦しいままで。 「おまえさ、そのうち壊れそうだね」 そんな折、千風がバイト先で助けられたと にこにこしながら紹介してくれた朝陽くんに やけに真剣な顔でそんな事を言われた。 「身体とか精神って意味なら、とっくにイカれてる」 俺もそうやって真顔で返せば、 何がおかしかったのか朝陽くんは笑い始めた。 紹介された初日に、千風から俺達の家庭の ヘビーな話を聞かされていた朝陽くんだったけど、 そんなに驚く事も嫌悪する事もなく普通だったから、 きっと朝陽くんはいろいろと普通じゃない。 「風磨」 「ん……なに?」 「おまえの身体も精神も、  そんなに安売りしていいもんじゃないよ。  おれが、護ってやろっか」 「……え…………?」 それは人生で初めて、俺に差し伸べられた救い。 初めてできた、自分の醜い身体を認めてくれる相手。 それが、橘朝陽。 俺にとっても千風にとっても、 まるでカミサマみたいな存在だ。      

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