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第66話 4
「だから俺、朝陽くんと付き合ってた時が
人生で一番、幸せだったなぁ~」
放課後、風磨は保健室で、後輩の腰の辺りに
馬乗りになりながら、そんな事を言って笑っていた。
はだけた上半身の服、晒された火傷痕に傷痕。
笑顔はどこか自嘲を含んでいて、
自分の下にいる後輩……柴田に向けられている。
「……風磨先輩が、どんな事情なのかも、
朝陽と付き合ってたってのもわかったんすけど……
でも、俺の一目惚れはかわんねぇっす」
風磨をまっすぐに見据えて言う柴田は、
つい先程、保健室で風磨と会った。
そして、明らかに行為後のような風磨に
どうしてそんな事を、と聞いてしまったのが始まり。
その勢いのまま、つい、一目惚れをした事、
こういう事をするのはよくないという事を
風磨に伝えてしまって。
そして、無表情になった風磨にベッドへと引き倒され
そのまま風磨の今までの人生を語られるに至った。
「こんな身体見て、よく好きになれるねぇ」
「……醜くも、汚くも、俺には思えねえっす」
「そう。
でもごめんね、俺は……朝陽くんが、すき」
「……なんで、別れたんすか」
ところが、事情を話そうが、傷痕を見せようが
風磨の予想に反して柴田は動じなかった。
それどころかますます踏み込んでこようとする。
僅かに動揺を見せた風磨は、すぐに取り繕って
柴田に笑みを向けた。
「千風が、朝陽くんを好きだからかな」
「弟に、譲ったってこと?
朝陽も、あんたの気持ちも、物じゃねえのに」
「それだけじゃないよ。
俺はね、恋人とはお互い一番がいいんだけど……
朝陽くんの一番はどうやっても俺にならないの。
価値観が合わなかったんだよ」
服を整えて、柴田の上から退きながら
風磨は寂しそうな声を出す。
「それで結構、喧嘩してね。
最後にはフラれちゃったよね、俺が」
「……なんか、朝陽にしては意外っつーか……
いや、たまにすっげードライなの知ってんすけど
付き合う事自体が、意外っつーか……」
「きっと気まぐれだよ。
まあ、そうだね、なんでこんな事してるのかって、
初めて自分を肯定してくれた朝陽くんと
ヤった時の充足感がたまんなくてね。
それが……もう一回、欲しくてさ」
「金より、そっちって事?」
身体を起こした柴田の隣に座った風磨は、
くすくすと笑いながら柴田にもたれ掛かってきた。
それを優しく受け止めてやって、
柴田は複雑な気持ちで風磨に言葉の先を促す。
「でも結局、誰にも満たしてもらえなくって。
お金も勿論要るよ、でも実はさ、
そういう金づるなら外にいるわけ。
学校の奴とヤる理由は、そっちだよ」
「……寂しいの?」
「そうかもね。
でも……君とは絶対しない。
恋愛が絡むと面倒くさいんだよ、すっごく」
「……そう、っすか。
別に、そういう目的じゃないからいいんすけど」
柴田の返しに、風磨はくすくすと笑う。
自分と二人きりで保健室のベッドに居て
手を出してこない相手は初めてだと、
柴田の程よく鍛えられた身体をとん、と推して言った。
「朝陽くんの一番は俺にならないけど、
俺の一番も、君にはならないからね」
「……だから、俺別に、それでいいっすよ」
じっと見据えながら言われたそれに、
風磨はまた、読めない表情でくすくすと笑った。
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