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第68話 2

    「朝陽くん、機嫌わりぃの?」 日曜日の夕方、バイト終わりの朝陽を 不安そうな声で呼び止めたのは千風だった。 朝陽は店を後にしようとしていたところで、 薄手のパーカーのポケットに手を入れたまま 駆け寄ってくる千風を待つ。 「おまえ、おれが機嫌良いように見えるの?」 「み、見えねぇけどさ……。  でもなんか、ずっと、朝からだから……  俺に原因あんなら、言ってほしい」 「……おまえじゃないよ、  どっちかと言えば、おまえの兄ちゃんかな」 「えっ!?兄ちゃん!?」 並んで歩きながら、大袈裟なほどのリアクションで 瞠目する千風に、朝陽は小さくため息をつく。 そして、まさか風磨相手に機嫌が悪くなるはずない、なんて、そう言いたげなリアクションに 皮肉げに口端を吊り上げた。 「おまえの兄ちゃん、最近新しい玩具見つけたの?  付き合ってもないのにご執心な相手居るだろ」 「……ああ、柴田の事?  なんか、うん、最近よく部屋に来るみたい。  柴田が兄ちゃんに一目惚れなんだって」 「ふーん……。  ま、おれの後を追ってるよりかはマシだけど  なんでよりによって、月乃いじめた奴なんかに……」 「……や、やっぱり、まだ兄ちゃん、気になんの?」 不安そうに見下ろす千風を一瞥して、 朝陽は少し目を伏せる。 まるで大型犬のような、耳と尻尾が垂れ下がっているような、 そんな千風の反応を見ないようにしているようで。 「月乃をいじめたからおまえも柴田も嫌いだ。  でも、風磨は好きだからね、3人の次くらいに。  もっと幸せにしてくれそうな奴とくっついてほしいって、それくらいは思うよ」 「……あ、朝陽くんがフッたんじゃん」 「あー、まあね。  だっておれは風磨を一番にできないけど、  風磨が欲しかったのは誰かの一番だから。  そりゃ、合わなくて別れるって」 「朝陽くんって、俺とはどこまでしてくれる?」 「は?」 会話が噛み合ってない、と 朝陽は怪訝そうな顔で千風を見上げる。 こいつは何を言ってるんだ、そう顔が物語っていた。 しかし、千風は少し必死ささえも滲ませて 朝陽の両手をとる。 「兄ちゃんとは、付き合えたじゃん。  俺とはどこまでしてくれるのかって、思って。  俺が朝陽くんを一番にして、  朝陽くんが俺を一番にしなくてもいいって  そう言ったら、兄ちゃんみたいに付き合える?」 「……だからさ、おれ、おまえが好みじゃないの。  風磨は好みだから付き合えたんだってば」 「……そ、そっか、そー、だよな、  ごめん、言われてたのにな!忘れてた……!」 へらり、と、朝陽に向かって笑う千風は 無理がありありとわかるような態度で。 朝陽は立ち止まると、大きくため息をついてから 千風の手首を掴んだ。 「朝陽くん……?」 「付き合う付き合わない、恋人かそうじゃないか、  それってそんなに大事なわけ?  おれ、例えおまえと付き合おうが、おまえの扱い、  何も変わんないんだけど」 「……いや、その、俺にとっては、  特別っていうか……恋人だから許される事とか  あると思うから……」 「おれはな、おまえが恋人だろうが友達だろうが、  おまえを醜いとも汚いとも思わないし  おまえの全部を受け止めた上で嫌ってんだよ。  肩書きとか、キスとか、それ以上とか、  そんなに大事なの?何なら今すぐしてやろうか?」 逸らすことなくじっと見てくる朝陽に、 千風の瞳が揺れる。 そして数秒、固まって、俯いたと思えば 泣きそうになりながらまっすぐ朝陽に視線を返した。 「一個だけ、聞いていい……?  俺がもし、月乃くんいじめてなくて、  兄ちゃんみたいな顔してたら……それなら、  朝陽くんは、俺と付き合ってた?」 「………、………それでもおまえは、好みじゃない」 「じゃあ!俺っ、どうすりゃいいの!?  俺の気持ちは信じてくれないんでしょ、  どう頑張ったら、いいの!?」 「……だからっ、おれにしなきゃいいだろ!  おれが嫌いだって言ってるうちに  とっとと諦めろよおれの事なんか!」 ぎっ、と、二人ともお互いを睨む。 しかしすぐに、朝陽は、口が滑ったというように 舌打ちをして千風に背を向けた。 「……どっかに居るだろ、  おまえの事受け止めてくれる奴くらい」 「……世界一の金持ちとか、世界一の美人とかが  俺を認めてくれても、俺は朝陽くんがいい」 「…………ばっかじゃねぇの」 もう一度、どうしようもなさそうなため息をついて 朝陽は千風と並び、それから何を話すでもなく 二人で寮へと帰っていった。  

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