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第69話 3

    週明けの朝、寮の廊下で朝陽は風磨とすれ違った。 なんとなく、お互い、睨むでもなく笑うでもなく 自然に向き合って視線を合わせる。 「おはよう、朝陽くん。  珍しいねえ、ここに居るの。  朝陽くんの部屋はここから遠いのに」 「風磨こそ、こんなところに何しに来たの?  食堂もおまえの部屋も逆方向なのに」 「ふふ、意地悪なところは変わらないね。  全部、察しがついてるのに言わせたいの?」 「……別に?  まあ、お幸せにどーぞ」 自分や月乃達の部屋の近くでもない、 風磨と千風の部屋の近くでもない、そんなところに 朝陽は静かに立っていた。 風磨がそこを通る事を知っていたかのように 確信めいて視線を投げた様子を見るに、 最初から風磨を待っていた事が窺える。 「ねえ朝陽くん、どうして素直にならないの?」 「何それ、自問自答?  おまえが素直じゃないのは前からだけど」 「違うよ。  俺はいつでも素直でしょ、  素直じゃなかったら今頃、まだ……  朝陽くんの隣にいたよ」 「……おまえら兄弟は、なんで俺なんかを  そんなに好きなのかね」 腕を組んで頭を左右に振る朝陽は 相変わらずどこか一歩引いたような声と態度で。 風磨はそんな朝陽にくすくすと笑った。 「俺の中で朝陽くんが一番でも、  俺と朝陽くんはもう戻らない。  でも俺は恋人とはお互い一番じゃないと嫌だから  今は必死に、朝陽くん以外を一番にしようって  そうしてるところだよ」 「おまえも千風も、自分を受け入れてくれたら  全部捧げてやりますみたいなの、やめれば?  真っ直ぐな想いって怖いんだぜ、  おれ、ちっちゃい頃からふたつ見てるけどさ。  あれはもう執着どころか病的だね」 「おや、愛しの月乃くんは真っ直ぐじゃないの?」 「あー……ははっ、月乃はね、  あれもある意味病気かな、まあ、  そういうとこも好きだけどさ」 けたけたと笑う朝陽を、風磨は片手で そっと抱き寄せた。 そして、ぱちぱちと瞬きをする朝陽に笑いかけて 優しい声で話し出す。 「俺の自慢の弟は、俺と違って意思が強くてね。  朝陽くんの事、三人分は余裕で愛してくれるし  ちゃんと、泣かせてくれると思うよ、保証する」 「…………おれは、だから、風磨みたいのが好みなの。  ていうかさも当たり前みたいに言ってるけど、  別におれ、ゲイでもなんでもないからね」 「女の子だと、たくさんサービスしないと  いけないから月乃くん達との時間が減るじゃない。  せめて目を逸らさないでちゃんと見てあげてよ、  うちの弟は最高に可愛いんだからさ」 「……まあ、そっちの犬よりかは  ちょっとは可愛げがあるかもしれないね」 とん、と、風磨の胸を押して朝陽が身体を離したと 同時に、近くの部屋のドアが開く。 そして、珍しいものでも見るかのような顔で 廊下に出て固まったのは、柴田だった。 「朝陽と……風磨先輩?」 「おはよう、雄星」 「……おはよ。  よかったね、好みのタイプが年上美人の柴田くん。  その年上美人は癖が強いけど、  泣かせたら許さないから、どうぞお幸せに」 「え、あ?っ、ちょ、朝陽!?  なんだよそれ、どーいう……!」 混乱する柴田を置いて、朝陽は食堂の方へと歩く。 残された柴田はまだ混乱した様子で、 しかし隣の風磨も気になりそちらに視線をやる。 「……あんた、朝陽と何話してたんすか」 「……もう、一番を朝陽くんにしなくても  朝陽くんは寂しくないんだってさ」 「はあ?  そりゃ、あいつの周りいつも人でいっぱいだし…」 「……ふふ、そうだね、人は、いっぱいだ」 意味深な台詞を勘繰るように柴田は眉を上げたが 風磨はもうそれ以上言及する気がないようで 相変わらず読めない、とため息をついて 柴田も食堂の方へと歩き出す。 「……風磨先輩、一番変えるつもりあったんすね」 「はは、耳聡いなぁ。  ま、今は空席だから……  年上美人のためにたくさん頑張ってよ、雄星」 「……あんた、ずっりぃ……」 一瞬、掠めるようにされた頬への口づけに 柴田は照れたように口元を隠した。 そして、少し前から遠目にそれを見ていた朝陽は どこか安心したように、吹っ切れたように笑う。 角から元気な大型犬が飛び付いてくるまで、 あと数秒。    

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