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第72話 不安定な彼の安定
付き合って3ヶ月がカップルの分岐点です、と
そんな文言がでかでかと載る特集ページを見ながら
月乃は無言で考え事をしていた。
眉間に皺も寄らず、唇を噛むでもなく、
ただ真顔でそのページを凝視している。
そうなった原因は、つい先程、
月乃が寮の門付近で目撃した光景だった。
「天さん、お久しぶりです。
お会いしたかった、本当に……!」
「ああ、僕もです。
高校に入ってから毎日寂しいんですよ、本当に」
「わ、私もです、嬉しい……!」
清楚を絵に描いたような、黒髪ストレートの美少女。
門の近くの木陰で、隠れるような逢瀬をしている、
その美少女と、自分の恋人。
ひしっ、と抱き合ったその光景を見て、
昨日の部屋でのアレは夢だったかな、と
月乃は思わず僅かな現実逃避をした。
視線の先で二人がキスをしたあたりで逃げるように
寮へと入り、そして、自室ではなく
無意識に足を向けたのは自分をよく知る相手の部屋。
「……何かあった、って顔してるな」
「君はすぐ、俺の異変がわかるんだな。
途中ですれ違った朝陽は普通だった」
「俺は月乃の全部を、知ってるから」
部活がない日だと朝言っていた一夜は、
突然やって来た月乃を笑顔で迎え入れた。
そして、いつものように背中に凭れてくる月乃に
今月も買った、と、以前渡した雑誌の新刊を
手渡してそのままお互い読書を初め、今に至る。
「俺と君らは、付き合って何ヵ月だったか」
「ん?
まだ全然……明日から7月になるから、
1ヶ月半ってところじゃないか」
「二人と付き合ってると分岐点も二倍速なんだな」
「は?」
ぱらりと雑誌のページを捲りながら、
月乃はなんでもないように言葉を溢した。
しかし、それを逃さずに掬った一夜は
どういうことだと月乃を肩越しに振り返る。
が、月乃は無言でしばらく何かを考えているようで
一夜の問い掛けには答えない。
「月乃?おい、分岐点って何だ……」
「……、…………ああ、悪い。
大丈夫だ、もう整理できたから」
「いや、だから何が……」
「俺にも恋人が二人いるだろ、天と一夜と。
だから天も二人の恋人を持ったって、
怒ることでもないよなあと思って」
閉じていた目を開けたかと思えば、
あっけらかんと月乃はそんな結論から述べた。
それに、一夜はというと勿論納得がいかない。
改めて月乃に向き直ると、
向かい合わせに自分の足の間へ月乃を座らせる。
「ちゃんと説明して、月乃。
あいつが他に恋人いるんなら、
俺はお前の事を独り占めしてやる。
お前の恋人は俺だけ、ってしてやるから」
「……はは、君、動揺してるんだな。
いつもの大人ぶった口調が崩れてるぜ」
「…………月乃」
「わかった、わかった。
俺が見たことちゃんと話すから……内緒だぜ?」
苦笑いした月乃は、むすっ、と、
どこか子供じみた表情をする一夜に
門の近くで目撃した光景を説明した。
話が進むたびに、一夜の表情が曇る。
そして、終わった時には我慢ならないというように
月乃を睨んでいた。
「なんでそんな事を割りきるんだよ、
怒るとこだろ、お前も天の恋人なんだぞ
セフレとかじゃねーよ」
「……君、すっかり大人のふり、忘れてるぜ。
まあ別に……その口調、久しぶりだし
俺としてはいいけどさ……」
「はぐらかすな」
「……君も酔狂だよな、俺のためにって
俺の父親みたいに喋るようになったんだから。
でも俺、小さい頃みたいで、今の君好きだけどな」
いつもの涼しい顔も、落ち着いた声や口調も
今の一夜にはなかった。
冷静でない一夜をわかっているのに、
月乃は自分の結論に対しての説明はしない。
「月乃!」
「……勘弁してくれ。
君の安定剤は俺だけど、
俺の安定剤も君なんだ。
今必死に平静を装ってる事ぐらい
君、とっくにわかってるくせに」
「……お前が望むなら、天にも朝陽にもなってやるさ。
だから俺の前で取り繕わなくていいって、
何回も言ってるだろ……昔から。
月乃じゃなくていいから、ちゃんと……
ちゃんと、感情を出してくれ」
「……、……いつか、朝陽が言ってたっけなぁ。
お前のそれ、病的だ、って…………なあ、イチ」
するり、と、一夜の首に腕をまわしてしなだれかかり
普段の月乃よりどこか冷たい声音で、
そして、月乃がしなさそうな妖艶な笑みを顔に張った
一夜をイチ、と呼ぶ誰かが、月乃の姿をして
そこに在った。
にぃ、と口端を吊り上げて、それは一夜に迫る。
「月乃とはまだ、一ヶ月半か。
俺とは何年になるっけな……」
「……覚えてない、けど、
お前だって、月乃だ……」
「おかしな事を言う口だぜ。
月乃じゃなくていい、って、お前が言っただろ」
「…………そうだったな、朔乃……」
月乃の姿をした、月乃じゃない何か、は
一夜の答えに満足そうに笑って
慣れたように一夜にキスをした。
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