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第75話 猜疑
7月に入り、いよいよ夏らしく気温も上がってきた頃、
月乃はまだ梅雨の時期のように憂鬱だった。
原因というのは言わずもがな、
先日目撃した天と美少女のことで。
頭では整理できたつもりでいても、
あれは恋人なのか、など、聞く勇気はとてもなかった。
「月乃、どうしたの?」
「……いや、なんでもない。
たいしたことじゃないんだ、ただ……
今年は暑くなるの早いなって」
「あー、わかる!
おれ暑いの嫌いだから本当やだ」
教室で心配そうにしてくる朝陽には誤魔化して。
朝、張本人の天にも不思議がられたが
同じような理由で誤魔化した。
黒髪で、清楚な、正統派美少女。
正直、天にとてもよく似合っていたし、
何より絵になるもんだと、
月乃は心の中で白旗をあげた。
だから余計に、核心を突けない。
「そういえばもうすぐ期末だな、
君、今回は大丈夫なのか?」
「あー……ははっ、まあ……
おれよりヤバい奴いるからなぁ」
「……君よりも?」
「そう、本気で千風がヤバい」
それとなく月乃が話題を切り替えると、
朝陽は乾いた笑いで目をそらした。
しまった、話題を選ぶべきだったと
後悔してももう遅い。
「月乃も天も、頭よくてよかった!」
本当に太陽のように笑われてしまっては
月乃はそれを断るすべを持たない。
できるだけ天とは離れておきたかったけど、と
そう思っても朝陽の笑顔に負けた。
「じゃあ放課後、千風と君と……風磨先輩もか?
あと天と一夜……図書室の方がいいかな」
「じゃあ一夜の部屋は?
一人部屋だし他より広いでしょ」
「あー、成る程なぁ。
……そうだ、雄星くんは呼ぶのか?
確か成績も良かった気がするけどな」
「そうなの?
じゃあ呼ぼうか、いやー、多いね!」
からからと楽しそうに笑う朝陽に、
月乃は憂鬱な気分など忘れてしまった。
皆の予定が埋まる前に先約しようと、
そう言って一夜の所へ向かう朝陽を見送る。
それだけ大勢居れば、自分の憂鬱も完全に
どこかへ吹き飛んでしまうだろうと、
月乃は少し笑って、教室へ戻ろうとした。
が、ふわり、と香った花のようなにおいに
思わず足を止めて振り返る。
「月乃、お前さ、教科書取り違えてったでしょ」
「…………天。
あ、ああ……悪い、どれだ?」
「……現国。
何、俺になんかついてる?
そんなにじっと見られるような事はしてないけど」
周りに人が少ないからだろう、
いつもの猫被りをしていない天は
月乃の名前が書かれた教科書を突きだして
月乃の態度に怪訝そうな顔をする。
一瞬で、憂鬱が戻ってきた気分だった。
「君、さ、何かつけてるのか?
なんか……花みたいな、においするけど」
「……、……ああ……そう?
さっき隣の女子校の子と話してたからね。
言っておくけど生徒会の事だからな」
「そう、なのか。
別にちょっと気になっただけだ。
教科書、取ってくるな」
少しだけ、ほんの一瞬、
天の目が焦ったように揺らいだのを
月乃は運悪く見逃せなかった。
けれどそれ以上追及する気にはなれず
一言謝って教科書を差し出す。
「そういえば放課後さ、
期末のために皆で勉強会しようって
さっき朝陽が言ってたぜ」
「もうそんな時期か、7月だしな。
ああ、でも……ごめん、放課後は無理かな」
「そうか……。
まだ部活があるから、一夜も遅くなるとは
思うけど……生徒会とかか?」
「いや、今日は……ちょっと、外泊」
じりじりと、猜疑心が身を焦がすようだった。
嫌な予感がしてやまない、あの少女がちらつく。
外泊、と、それだけでどうして、
やましいと言うように視線を逸らすのか。
けれど月乃は、それを聞く勇気も度胸もない。
たった一言、気をつけてな、と
そう言って笑うことしかできなかった。
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