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第14話 言えないこと

自転車を走らせた先は、自宅から二十分ほどの距離にある駅。 駐輪場に自転車を止めると、僕は切符を買って電車に乗り込む。 数駅先の駅で降りると、あるビルを目指して歩く。 海里おじさん、どうしてるだろう…。 そう考えてから頭を振る。 おじさんの事は考えないようにしよう。 だけど、少しでも頭に隙があると僕はおじさんの事ばかりになってしまう。 困っていて悩んでいるはずなのに、僕はおじさんの笑顔しか思い出せない。 現実逃避って、こういう事なのかな? そうこうしているうちに、僕の足は目的地へ辿り着きビルを見上げていた。 ここは、お母さんが働いている職場だ。 外資系の企業で、スーツ姿の男女が颯爽(さっそう)と歩いている。 さすがにビルへ入る勇気が無いので、お母さんへ電話をした。 耳に当てているスマホが呼び出しを行っている。 暫く待ってから『結斗!?どうしたの?』と驚かれた。 高校生になって携帯を持たせて貰えるようになったものの、特別に困ることも無かったので、両親に普段電話をかけることは無かったから相当お母さんはビックリしたんだろうなぁと思った。 そこで僕は初めて、おじさんとの出来事で悩んでいると伝えられない事に気がついた。 「えっ、あ…えっと…」 何て言えば、いいのか…。 まさか、おじさんにイヤらしい事をされたなんて…。 僕が迷っている間に、お母さんが電話の向こうで慌てた様子をみせた。 「結斗、ゴメンね!これから、お母さん取引相手との商談があるのよ~。午後から会議で~って、あっ!部長が来たから行くわ!!話は帰ってから聞くから!ゴメンね!」 一気に(まく)し立てて、プツリと通話は切れた。 「…はあぁぁ~っ」 大きく溜め息をついて、僕は、来た道を戻ることにした。 ここに居たところで、お母さんのあの様子からすると会うことはおろか、電話での話も聞いてもらえそうにない。 第一に、お母さんに会ってどう伝えるのか…。 海里おじさんにエッチな事をされました。 キスをされて、乳首を吸われて、おちんちんを舐められイカされました。 「なんて事、絶っ対に言えない!」 恥ずかしい事もあるけど、絶対にお母さんは怒って、おじさんの家に怒鳴り込むに決まってる! そうなったら、おばさんにも翔にもバレて…近江家は家庭の崩壊に…。 そして、僕は…。 悶々と考えているうちに公園にたどり着く。 少し考えてから公園のベンチへと座る。 色々考えるのには、丁度いい。 晴れた空の下で、ぼんやりとした。 連休の最終日だからか、それとも此処はいつもこんな様子なんだろうか。 公園では、親子連れが多く遊んでいた。 お母さんと一緒の子や兄弟で遊んでいる子。 中には両親にボールを投げて遊んで貰っている子も居た。 僕が両親に揃って遊んで貰った事って、本当に小さい頃に数回あった位の記憶しかない。 「あ。そういえば…」 思い出した。 休日でも両親が忙しかった僕は、翔と一緒によく公園に来て遊んでいた。 運動が苦手な僕は、社交的で活発な翔に着いて回れず途中で置いていかれる存在だった。 翔は持ち前の話術と輝く存在感で、直ぐに友達を作って遊びの中心に居た。 一方で僕は大人しく人見知りもしていて、集団から外れてひとりブランコを漕いでいる事が多かった。 そんな僕に声を掛けて、後ろから押してくれる人は…。 僕は、ふと思い浮かぶ面影を頭から無理矢理追い出すと、公園を後にした。 それから駅ナカで軽く昼食をとり、その後もフラフラと歩き回った。 特別に行く宛も無かったけど、時間を潰すために。 こんなとき翔なら泊めてくれる友人もいるだろうし、モテるので早くも次の恋人がいるかもしれない。 だけど僕は、学校の外で気軽に連絡をとって遊ぶ様な、ましてや泊まらせてくれる友人はいない。 だから夜、お母さんが帰ってくるまで家には帰れない。 家に帰れば、おじさんと顔を鉢合わせるかもしれない。 だって、おじさんが気持ちよくなって変な顔をした僕をジッと見ていた。 それにエッチな事は女の子とするべき事で、同じ男のおじさんとしちゃ駄目なんだ! だけど、おじさんは又やりたそうにしていた。 家にもう翔が出掛けてしまい居なかったら…? そう思うと、なかなか電車に乗って家を目指す気にはならなかった。 少し休憩しよう。 そう思いカフェへと入る。 注文してから窓際の席へと座る。 そこからは、外を行き交う人達を眺める事が出来る。 あ。 無意識に僕は、海里おじさん位の年齢の男の人ばかりを目で追っていた。 だけど誰もおじさんに似ていない。 おじさん…。 そういえば、おじさんとこのカフェでお茶したことがあったなぁ…。 それは中学の時、翔が部活でバスケの遠征に行くというので駅まで送り届けた日の事だ。 両親不在だった僕は、海里おじさんに誘われて一緒に見送りに行った。 送った帰りがてら寄ったのがこのお店で、その時は壁際の端の席に座った。 今は男女の付き合い中らしい二人が座っている。 僕は、置かれたジュースを飲みながら、また外へと視線を向けた。 どれくらいの時間そうしていたのか。 漸く今が何時なのか気になり携帯を取り出した。 見てみると、夕方の五時を回ったところだった。 だけどそれよりも僕は、携帯に表示された沢山の着信履歴に目を見張った。 相手の名前はどれも『海里』となっていた。 海里おじさんが、朝から今まで十分から一時間おきに連絡を入れてくれていた。 「おじさん…」 僕が急に帰ったから驚いて? 電話をしても繋がらなくて、心配したのかな…。 留守番電話にメッセージが録音されている。 『結斗、どこに居るんだ?連絡を入れてくれ』 『結斗、迎えに行く。直ぐに連絡を入れて欲しい』 『結斗…。かわいい君がひとりで居るなんて心配だから。連絡を入れて欲しい、お願いだから』 沢山のメッセージ。 いつも優しく笑ってくれていた海里おじさんの顔が思い浮かぶ。 今は、どんな顔をしているんだろう。 そう思うと我慢出来なかった。 思わず通話ボタンを押しかけた指は、着信の音によって止められた。 お母さんからだ。 「…もしもし?」 『結斗?お母さんもう少ししたら帰るけど、先に晩御飯食べてて~。帰ったら絶対に話聞くから』 まだ仕事が忙しいんだろう。 慌てた様子で話すると、直ぐに通話が切れる。 慣れたとはいえ、今日は本当に側に居てほしかった。 だけど、お母さんが帰ってきても結局おじさんの事は話出来ない相談だ。 どうしたらいいんだろうか…。 僕は、おじさんに電話をかけ直すのをやめた。 何を言えばいいのか、考えてなかった。 仕方無いから帰ろう…と僕は店を後にした。

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