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第86話 手を離して

漸く辱しめにあった映画館を抜け出して、下界へと降り立った僕はおじさんの隣へと移動した。 いつまでもあんな体勢でいるわけには、いかないからね。 隣に並ぶと、見下ろしてきたおじさんが本当に嬉しそうにニッコリ笑うもんだから、僕まで自然と笑顔になっちゃう。 恋人と一緒にデートだもんね! あ。 前から擦れ違うカップルは、男の人は圧倒される感じで、女の人はウットリしながら海里おじさんを見てた。 そんなことは、どうでもいい。 いや、僕の恋人だからあんまり見ないで!という複雑な心境はあるんだけど。 問題はソコではない。 デートは手を繋ぐんだった!! 擦れ違うカップルは、ほぼ手を繋いで歩いている。 それなのに僕たちは繋いでないなんて…。 愛し合ってるのに、手を繋いでないなんて変だよね? だけど、やっぱり男同士だし…でもせっかくの初めてのデートなのに…。 僕が悶々としていると、急に手を温かくて大きな物が包み込んできた。 「あ…」 おじさんの手だ。 おじさんの顔を見ると、不思議そうにされる。 僕の気持ちが届いたみたいだぁ。 嬉しくなって笑うと、おじさんもニッと笑った。 「デートは手を繋ぐんだろ?」 何でも無いように言うけれど、僕の耳には一瞬非難するような声が聞こえた。 “やだぁ~、男同士じゃん” チラリと後ろを見ると、若い女の子が二人で小馬鹿にするような態度で眉間に皺を寄せていた。 すると、その近くに居た別のカップルも笑いながらヒソヒソ話をしてこっちを見ていた。 「ッ!!」 僕は慌てて海里おじさんの手を離した。 恥ずかしい! きっと男同士で手を繋いでるからバカにしてるんだ。 気持ち悪いって話してるに違いない。 「お、おじさん!早く行こっ」 そっちを見ないようにしてズンズン歩きながら心が痛くなった。 僕とおじさんは男同士だから、やっぱり気持ち悪いって皆に思われるんだ。 だから外でこんな事したらダメだから、我慢しなくちゃ。 それに、おじさん…急に手を離してビックリしたよね? ゴメンね…おじさん嫌な気持ちになったよね。 僕がまたまた俯いた時だった。 グイッ 僕は腕を力強く引かれて、立ち止まった。 そこには、おじさん。 どこか哀しそうな表情で笑っていた。

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