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第122話 待っていた連絡
僕の心が少し浮上した事で運気も浮いてきたのかもしれない。
それとも僕の気持ちが届いたのかな?
授業も終わり、部活の陽くんを見送って別れた僕は美術室へと向かっていた。
こんな時はキャンバスに向かって心を落ち着かせるに限る。
静かな階段を上っていた途中。
踊り場でその時はやって来た。
あれだけ何の変化も見せなかったスマホが、ポケットの中でいきなり震えて着信を知らせてきた。
「えっ、えっ、ちょ、…っ‼」
僕は大慌てでスマホを取り出すと画面を確認した。
「おじさんっ‼」
通話を押したら勢い込んだ僕の声に、電話越しのおじさんが優しく笑うのが分かった。
『結斗…』
離れて何日も過ごした訳じゃない。
だけど…。
「おじさん…ッ」
僕は嬉しくて嬉しくて、鼻の奥がツンとする。
口元が緩む。
幸せな気持ちが一気に膨らんで、笑顔で耳を傾けた。
『連絡出来なくて、ごめんな…』
「ううん。大丈夫」
全然大丈夫じゃなかった。
だけど大変な状況にある海里おじさんに今、伝える事じゃない。
「…翔のおじいちゃん、どんな様子なの?」
僕が訊くと、おじさんは溜め息をついた。
『うん。…実は着いて直ぐに亡くなった』
「…ッ‼」
僕はショックで言葉に詰まった。
翔の悲しむ顔が思い浮かんだ。
不良っぽい翔だけど、根は優しい。
きっと心の中は泣いているはずだ。
僕も大好きなおじいちゃんが、と思うと耐えられなくて泣いてしまうに決まっている。
『だから直ぐにバタバタして、結斗に連絡入れられなかったんだ』
「うん。分かってる。…翔、悲しんでると思うからお願いだよ、おじさん」
『あぁ、分かったよ』
僕は少し逡巡してから口を開く。
「…あと、おばさんも…」
『…』
僕の醜い心が伝わったのか、おじさんは返事をしなかった。
『今夜、通夜で明日が葬式になる』
「翔のおじいちゃん、僕の分までお祈りしておいて…」
『分かった。…帰るのはそのあとになると思う』
「うん、帰ってくるの待ってるから」
『あぁ。結斗、帰ったら直ぐに会いに行くからな』
電話の向こうで海里おじさんは困ったような申し訳ない顔をしているに違いなかった。
「おじさん、体調に気をつけてね」
『ありがとな。結斗も…。じゃぁ、また連絡するから』
「うん」
僕は頷いたまま、通話が切れるのを待った。
『…』
「…」
お互いに通話を終えられなかった。
暫く息遣いやおじさんの存在を感じながら、このまま繋がっていたいと思っていた。
もしかしたら、おじさんも同じ思いだったかもしれない。
最後に何かもうひと言…と思った僕の耳に聴こえてきたのは、おじさんの艶のある優しくて大好きな声じゃなかった。
『あなた、皆さん来たから…』
おばさんだ。
少し離れたら所から呼び掛けたのだろう。
声が遠かった。
それでも哀しみに暮れている事は分かった。
実のお父さんが亡くなった美奈おばさんの声はいつもの声とは違い元気が無い。
疲れた哀しい声だった。
『じゃぁ、また電話する』
プツッ
急いだ様子で通話が切られた。
もう少し話をしていたかった。
息遣いやおじさんを感じていたかった。
おばさんが呼びに来なかったら、もっとおじさんと…。
僕の我が儘で自分勝手な考え。
前はこんな事は無かったのに…。
「最低だ…僕」
ごめんなさい、おばさん…。
早く会いたいよ…。
「おじさん…」
僕は通話の切れたスマホの画面を暫くぼんやりと見つめていた。
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