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第124話 ノートの端に
今日は翔のおじいちゃんのお葬式だ。
僕は授業が始まってからも何処かぼんやりとしてしまっていた。
お葬式、まだ始まってないよね?
時計の針は十時にもなっていない。
何時から始まるかは分からないけど、きっと今頃皆で祭壇の前で準備に忙しいんだろうな。
翔のおばあちゃんや美奈おばさんや家族は憔悴してるかも。
そうなると、しっかりした海里おじさんが忙しく立ち回ってるのかもしれない。
でも海里おじさんはお婿さんだから、逆に静かにしているかも。
おばさんを側で精神的に支えているのかもしれない。
「…フウッ」
僕は小さく溜め息をついた。
だって、夫婦の絆を感じるんだもん。
頭の中をグルグルと想像上のふたりが仲良く寄り添う姿が沢山、次から次へと浮かんだ。
僕は慌てて想像を打ち消した。
「…っ」
思わず泣きそうになってしまったのは、海里おじさんが側に居てくれないからだ。
だから不安が押し寄せてきて、心が弱くなる。
この淋しい出来事が、おばさんとの絆をより深いものにして、おじさんの心が僕から離れてしまわないか…。
考えても仕方ないことなのに、僕の不安は深まるばかりだった。
昨日はおじさんの電話で気分も浮上していたのに、直ぐに元に戻ってしまった。
僕は手に持っていたペンを握りしめた。
それからサッサッとノートの空いている部分に描いていく。
授業なんて聴いていなかった。
頭は正直よくないので、聴いていないとダメなのに。
そんなことよりも僕はこっちに忙しかった。
「…出来た…」
そこには海里おじさんが、僕に向かって優しく微笑んでくれていた。
正直、僕の画力だと本物そっくりとまではいかないけど、おじさんを知ってる人なら判るし似てると言ってくれる位のレベルだと思う。
静物画とか風景画の方が得意で、人物画が苦手な僕はあまり人を描かない。
だけど、今の僕は描かずにいられなかった。
「おじさん…」
自然と口元が緩み、笑みが零れた。
紙の上のおじさん。
話し掛けても、抱き締めてもくれないけれど、黙って見つめてくれるだけで僕は満足だった。
そうだ。
後でtalkしておこう。
返事は直ぐに来なくても、見てはくれるだろうし。
何よりも僕がそうしたいから。
そう思いながら、僕は描いた海里おじさんの唇を人差指で、そっと撫でた。
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