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第125話 下校
その日の夕方。
僕は、美術部の部室でキャンバスに向かっていた。
だけど、ちっとも集中なんて出来なくて。
「すみません。僕、今日は帰ります」
三年生の部長へ声を掛けると、心配そうな顔をされた。
「えっ、どうしたの?」
「倉科くん、大丈夫?」
他の女子部員が心配してくれるのに対して、僕は曖昧に頷いた。
「うん。大丈夫…。ちょっと調子がイマイチだから」
「そう。いいわよ、帰っても。お大事にね」
「はい。ありがとうございます。失礼します…」
僕はノロノロと用具を片づけると、鞄を手にして美術室を出た。
夕方とはいえ夏の暑さはあって、半袖から覗いた僕の手は、窓から入った風を心地よく感じていた。
階段を降りていき、最後の段を踏んで着地した時だった。
「お。偶然」
「あっ、国見くん!」
そこには最近よく話をするようになった国見くんが居た。
「ん?今から帰るのか?」
訊かれたので頷くと「俺も」と、いつものクールな表情で言った。
「一緒に帰るか?」
そう言われて断れるはずもないし、理由もないから一緒に下校する事にした。
「おまえ、部活か?」
「うん。でも、調子がイマイチだったから今日は帰らせて貰ったんだ…」
僕がそう言うと、国見くんが肩に手を掛けてきた。
「は?大丈夫なのか⁉」
大きな手で肩を掴まれては前に進めない。
そんなに心配されたら申し訳なくなってしまう。
だって僕の不調は、おじさんが居ない淋しさだって分かってるから…。
「うん。ちょっと怠いだけだから」
誤魔化すように笑って見せると、国見くんが軽く息を吐いた。
「…なら、いい」
国見くんの手が離れたので、再び一緒に駅へと向かって歩き始める。
本当に翔や他の友達と一緒に居るのが信じられないと思う。
顔がカッコいいのは別にして、落ち着いてるし、優しいし、勉強も出来るって聞いたことがある。
不良性ゼロなのに。
「あ、そういえば国見くんは何で残ってたの?」
僕が訊くと、国見くんがチラッと視線だけを一度寄越して、また前を向いた。
「あ~…。助っ人頼まれてて」
「助っ人?」
何の?
「バレー部の…練習試合。」
「えっ⁉凄い‼」
僕が驚くと、国見くんは変な顔をして黙ってしまった。
陽くんからの情報によると、バレー部は弱小って言われてるから、強い人が入学してこなくて部員が集まらないらしい。
入部してもお気楽上級生のお陰で、まともに部活動してないとか…。
で、今年はヤル気の二年生と一年生が頑張ってるって聞いた。
「国見くん、バレー出来るんだ~アウッ⁉」
尊敬の眼差しで見詰めると、またデコピンされてしまった。
一応、体調イマイチって話しておいたのにデコピンするなんて。
「あんまり見んな」
そう言われたら見ることは出来ない。
またデコピンされては堪らない。
「僕なんて、運動苦手だから国見くん本当に凄いね~助っ人なんて普通じゃ頼まれないよ」
そう言って、ついつい見てしまった。
ヤバイ、またデコピンされる!
そう思っておでこを庇ったけど、頭をワシャワシャと撫でられた。
「…?」
不思議に思って見上げた国見くんは、夏の陽に焼けた大人っぽい顔をしていた。
そういえば、国見くんって下の名前なんていうんだろう?
きっと男らしいカッコいい名前に違いない。
僕は憧れの視線を国見くんに注ぎながら、そう思った。
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