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第129話 予定変更

車が走り出すと、学校はあっという間に彼方後ろへと過ぎ去っていった。 サイドミラーで確認すると、もう蓮司くんの姿は点になっていて、そのうち見えなくなった。 高級車なだけに座り心地は抜群によく、車内も僕のお母さんの車とは訳が違う。 静かな車内に久しぶりの海里おじさんとふたりきりで、僕は嬉しくて少し気恥ずかしく思っていた。 「おじさん、お帰りなさい」 僕が言いながら運転席を見ると、おじさんは片手を伸ばしてきて僕の頭を優しくかき混ぜた。 「あぁ。ただいま、結斗」 その大きな掌が心地よくて、うっとりする。 僕はもう、この手がなければ死んでしまうかもしれないと思うほど好きになっていた。 思い返せば小さな頃から、ずっと撫でられ続けてきた手だから。 「あ。そういえば、帰るの早かったんだね」 僕は頭から離れていった手を名残惜しく思いながら、ふと不思議に思っていた事を口にしてみた。 予定より早く帰ってきたので、どうしたのかと思った。 「やることはやったし、もう俺がいても邪魔なだけだからな。美奈はもう何日か残るっていうから俺と翔だけ先に帰ってきたんだ」 「そうなんだ…」 お葬式は、おばさんと翔は辛かったんじゃないかと思う。 それを思うと胸が痛くなった。 お葬式の経験がない僕には全く予想もつかないんだけれど…。 「翔はどうしたの?家?」 あまり暗い寂しい話はこれ以上したくなくて、姿の見えない幼馴染の事を話題に出してみた。 「ん?アイツなら学校に用事があるとか言ったから、ついでに送ってやったんだが…。こんな時間からどんな用事だ…ったく」 翔が用事は何だったんだろう? こんな時間からじゃ、部活している生徒しかいないと思うけど。 「あ、翔サッカー部だった。サッカー部に用事かな?」 「さぁな?ところで、結斗‼」 適当に相槌を打ったおじさんは、前を見据えたまま僕の名前を呼んだ。 「な、何?」 僕はびっくりして返事をする。 「さっきのアイツは何だ」 さっきのって…。 「紹介したでしょ?国見蓮司くんって言って、翔の、」 「そんなことじゃない。その国見とかいう男に呼び捨てをされて、しかも抱かれていただろう?」 だ、抱かれる⁉ 「へ、変な言い方しないでよ‼抱かれてなんかないから‼転びそうになって助けてもらっただけだよ‼」 何故か事実を言っているのに、嘘に聞こえてしまう恐ろしさ。 「しかも呼び捨てされて」 「それは友達になったからで」 「蓮司くんとか下の名前で呼んでただろ⁉俺のことは未だにおじさんとか言ってるのに!これからは恋人の俺の事も下の名前で必ず呼ぶように‼」 一気に捲し立てるので口が挟めなかった。 「はい、は?結斗」 赤信号。 車が静かに停まると、おじさんが怖いほどの笑顔で僕を見た。 「………」 笑顔ほど恐ろしいものは無い。 「……………海、里、さん…」 ガバッと抱き締められる。 「結斗…‼‼」 信号が青に変わると、おじさんは素早くハンドルを握り直しアクセルを踏んだ。 「よし、予定変更だ‼」 楽しそうに呟いたおじさ、…海里さんを見て僕は、これだけ喜んでくれるのなら恥ずかしいのは諦めて、今度から名前で呼ぼうと思うのだった。

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