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第61話 初めてじゃないことばかり
おじさんは車を家とは逆の方向へと走らせる。
「おじさん、何処行くの?」
不思議に思い僕が訊くと、おじさんが唇をニッと上げた。
「もちろん、デート」
デ、デート?!
デートってデート?
世間では好きになった人同士が待ち合わせて、映画を観たり買い物をしたり…
「み、皆の前で、て、…手を繋いだりして歩いたり…」
「ん~?まぁ、それも間違いじゃないけど。結斗の頭の中を覗いてみたいぞ」
フフンと鼻で笑われる。
「ばッ…バカにしてるでしょっ?」
自分がちょっと、いや、かなりモテて経験が豊富だと思って…。
「してないよ。結斗は俺が初めてばかりだもんな」
「…そうだよッ」
初めての事ばかりで何が悪いんだよ!
おじさんだって、初めての時があったのに棚にあげて。
…僕はおじさんが全部初めて。
だけど、おじさんは初めてじゃないなんて。
「おじさんは、初めてじゃないんだよ、ね…」
何だかショックだった。
おじさんが知らない人達と初めてを経験してきたなんて。
誰かに告白したのか、されたのか。
彼女と手を繋いだり、見つめ合ったり、抱き締め合ったり。
デートもファーストキスもそうだし、セックスも…。
当たり前だけど、結婚して妻になったおばさんと子どもまで作って。
僕の思い描いていた恋人と違った。
まず、男の人じゃない。
カワイイ女の子に告白されて、付き合うことになって…それからデートして、何回かしたらキスなんかしてみたり…。
大きくなったら仕事を頑張って、その彼女と結婚して幸せな家庭を。
今時の中学生でもしないような、朧気な淡い夢。
僕にはそんな夢、既にどうでもよかった。
おじさんに無理矢理関係を持たされて怒濤の日々を送った今、彼女とか結婚とか頭にも無かった。
この先、ずっと一緒におじさんと歩むんだろうなぁと漠然と思ってきていたから。
おじさんだけ僕が以前、思い描いていた経験を積み重ねてきたからといって不公平なんて思わない。
ただ単に見知らぬ恋人たちに、そしておじさんの妻…翔の母親であるおばさんに嫉妬していた。
嫉妬…。
この前までは、おじさんとの関係を悩んでいた僕がまさか…でも。
嫉妬してる…。
僕の中にこんな感情が芽生えていたなんて初めて気がつく。
ほらね、やっぱり。
おじさんに、こんな所でも初めてを貰われてしまった僕はこの先どうしたら良いのかなぁ?
「結斗の言う通り、はっきり言って初めてじゃないことばかりだよ。さすがにもう、こんな歳だからね」
僕が少し俯きながら唇を尖らせていると、おじさんがフウッと息を吐きながら応えた。
「でも初めての事だらけで、柄にもなくドキドキワクワクする気持ちは、結斗としか経験ないんだぞ」
「えっ…?」
赤信号で車を停止させると、おじさんが穏やかな…それでいて珍しく何処か恥ずかしそうな様子で顔を上げた僕を見つめた。
「おじさんが初めて心の底から愛しているのは結斗…お前だから」
「…っ!」
「そんなお前とこうして車でデートなんて、俺の初めての経験だよ。これからも沢山『愛する結斗とふたりですること』は全て初めてだから」
「ぎ、、、」
「ぎ?」
ぎ、、、ぎゃぁ~~~~!!!
は、恥ずかしくて死にそう…!!
僕は顔が一気に沸騰したのが分かった。
思わず両手で頬を隠す。
そんなセリフ言えるのって、似合うのって、おじさんくらいじゃない?!
僕のパニックを知ってか知らずか、おじさんが嬉しそうに唇を寄せてきた。
「さぁ、デート楽しむぞ」
チュッ
リップ音が耳元に聞こえたかと思うと、
プップーーーププーーー!!
いつの間にか青信号になっていたみたいで、後ろの車からお怒りのクラクションが鳴らされた。
「あ?…チッ、ウルセェな」クソヤロウ…
おじさんがアクセルを踏み、車が軽やかに走り出した。
さっきのおじさんの表情と言葉遣い…気のせい、かな?
僕は目をコシコシ擦って、おじさんを見た。
「結斗、何か欲しいものあるか?遠慮なく言うんだよ?」
笑顔のおじさんが、ニッコリと笑っていた。
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