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第20話
肩越しに見える、夏生の驚いた表情。
支えられている佐倉の頭が擡げ、乱れた長い前髪と血塗れた顔が視界に映る。
腫れ上がったその顔は、痛々しくて。
髪に隠れて見えない筈なのに……恨めしそうに此方を睨んでいるようにも見えた。
「……」
竜一に肩を抱かれたまま、半ば強引に竜一の部屋へと連れ込まれる。
その時、もう一度視線を二人に向ければ、夏生の困惑した表情が目に焼き付くように映った。
パタン──
ドアが閉まり、それまでの空気が遮断される。
なのに……最上階のレストランバーでの食事を終え、この部屋に初めて入った時とは明らかに違う。
「……」
しん、と静まり返る空間。
僕の肩にあった竜一の腕が外れ、少しだけ開く距離。そっと顔を上げれば、まだ険しさを残した瞳が、僕を静かに見下ろしていた。
「……まだ、怖ぇか?」
言われて初めて気付く。
手の指先が、震えている事に。
「……」
直ぐに否定したいのに、言葉が上手く出てきてくれない。
いま目の前にいるのは、確かに竜一なのに。何でだろう──僕の知ってる竜一じゃないみたいだ。
僕の中でおかしくなっていく感覚。
今まで見えていたものが裏返り、世界が灰色へと変わる。
眼球の奥に走る、鈍い痛み──
色んな事が一度に起こりすぎて……頭の中が混沌とし、目眩さえする。
僕の中で生まれてくるこの感情が、一体何なのか……自分でも、よく解らない。
「……」
涙で濡れた睫毛を伏せ、きゅっと口を引き結ぶ。
視界に映る、竜一の右手。
その手が持ち上がり、緩く折り曲げられた人差し指の背が、僕の目尻へと寄せられて──
───ビクッ、
頬が強張り、僅かにその指を弾く。
拒絶とも取れるその反応に、驚きを隠せない。
「………怖ぇのは、俺か」
触れる寸前で、止まる指。
軽く握られたその拳には、僅かに付着する──佐倉の血。
「……」
怖くないと言えば、嘘になる。
佐倉を一方的に痛めつける竜一を目の当たりにした時、本能的に身体が震えたのは確かだから。
でも……竜一を怖い人だとは思わない。
思いたくも、ない──
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