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目の前の大切なこと
水族館の中は人でごった返していた。祭日というのもあるけど、ここまで混んでいるとは想定外だ。
「はぐれそうだね。行くよ……」
館内に入ると伸之はそう言って優しく充の手を引いた。男同士で恥ずかしいと一瞬思ったものの、これだけの人混み、客は皆水槽に夢中でいちいち周りなんか気にしてないと考え、充は手を離すことはしなかった。
伸之と手を繋ぐなんて初めてかもしれない。そう思ったら触れた指先がなんだか擽ったかった。
「凄い人。こんなに混んでたらあいつ見つけるのは難しいかもね……」
期待半分、諦め半分。 実際会えたところでどうしようというのか。また片思いの辛い時期を思い出すだけ……。手を繋いだまま振り返ると、伸之は弘樹を探すことなんて忘れているのか、「そうだったね」と苦笑いをした。
そうだ。やっぱりこれでいいんだ……
「よく考えたらさ、飲食店やショップと違って、ここで働いてるからって表に出てるとは限らないよね? 水族館で従業員がウロウロしてるのってあんまり見たことない。どうせ探せないよ」
充はそう言って、かつての片想いの相手との再会に期待することはせず、今日のデートを楽しむことにした。
人とぶつかりそうになるたびに体を引き寄せてくれる。
はぐれないようにとしっかりと手を繋いでくれる。
喉乾いてない?
休憩しようか?
伸之の言動の全てから、充のことがまだ好きなんだと伝わってくる。 告白をされて断ったあの日から、充は伸之の「好き」という気持ちに甘えて、自分の都合のいいように今まで接してきてしまったと改めて気付かされた。
友達
親友
そう思っているのはきっと自分だけ。
片想いの辛さは自分が一番よくわかっているはずなのに。それなのに俺は今まで何やってたんだろうな……と罪悪感が湧きあがった。
「せっかくのデートなんだ。二人で楽しもう」
繋いだ手をきゅっと握り、充は気持ちを切り替え、照れ臭さを隠しながら順路を進んだ。
「凄いな……」
この水族館の中心部に位置するメインの水槽。壁に沿ってカーブしたガラスの向こうには沢山の種類の生き物が共存している。中にはサメもいるし、なんだかわからないけど不細工な表情の魚もいる。
「見てみ!あのエイ超デカくね?」
伸之は天井まで首をあげ、ぽかんと口を開けたまま水槽を眺めている。その顔が面白くて充は笑った。
「ほら、こんなに広くて大きな水槽なのに……なにもこんな隅っこにいなくてもいいだろうに、おまえウツボに食われるぞ」
二人は今度は水槽の端にしゃがみ込み、同じく隅っこで泳ぐ小さくて可愛らしい魚を指差しながら、しばらくの間それを眺めていた。
「…………」
肩が触れる。 至近距離で自分を見つめる伸之の瞳にドキリとする。
「そろそろ帰ろっか?」
立ち上がる彼に、慌てて充も立ち上がった。
「うん、楽しかったね」
帰りもいつもと変わらず伸之は充の家まで一緒に帰る。二人で出かけると必ず伸之は充を家まで送っていく。心配だからとかそういう感情だけではなく、ただ一緒にいる時間が少しでも長くなればと思ってのことだった。
好きだった弘樹とは会うことは叶わなかったけど、やっぱりそれで良かったと充は思う。
一瞬でも、もう一度会えたら思いをぶつけたい……なんて思ったけど、あの時の恋心は思い出のままでいい。
充はやっと目の前の大切なことに気がつけたような気がしていた。
泊まらずに今日は帰ると言う伸之を見送り、充は一人ベッドに腰掛ける。
気持ちを押し殺し、誰にも打ち明けることができずに苦しかった学生時代。苦しくてもつい目でその姿を追ってしまう。もっと沢山話したいと思ってしまう。
あの時気持ちを伝えていたら、やっぱり自分はまた傷ついていたのだろうか……?それとも思いが伝わって幸せになれていたのだろうか……?
そんなことを今考えたってどうしようもない。
そう思ったその時、枕元に放っておいた携帯が着信を告げた。
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