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失恋
真夜中、電話の音に起こされる。
普通ならこんな時間に!とイラつきもするが、携帯の画面を見て伸之は胸がときめき一気に目が覚めた。電話の相手は今日一緒に水族館デートを楽しんだ相手。
伸之の長年の片思いの相手、充だった。
ベッドから飛び起きて思わず正座をしてから画面をタップする。
「もしもし? どうしたの?」
この時の自分の浮かれ具合を思い出すと馬鹿みたいで悲しくなった。
「…………?」
電話の向こうから小さなすすり泣きのようなものが聞こえる。
『……ごめん』
充のこんな悲しい声は初めて聞いた。何が何だかわからないくせに、伸之はそのひと言を聞いただけで自然と涙が溢れてしまった。浮かれた気持ちから一気にどん底。
「どうした? なにがごめんなの?」
そんな風に聞いておきながら、聞きたくないと頭の中の自分が叫ぶ。伸之は嫌な予感しかしなかった。
今日はあんなに楽しかったのに。
デートだと言って、ドキドキしながら初めて手を繋いだのに。
あんなに俺は幸せだったのに──
充は震える声で打ち明けた。
今日行った水族館で働いていた友人というのが、実は充の片思いの相手だったということ。結局会うことは叶わなかったが、充と伸之の姿をその友人が見ていたらしく、つい先程電話をもらって「会いたい」と言われたこと……。
ずっと押し殺していた思いが蘇ってきた、ということ。
充は伸之の気持ちを知っているから。だから泣きながらこうやって伸之に電話をしてきた。
黙ってその友人に会いに行くのはどうしても出来ないと言い、涙声で、一度会ってきてもいいかと聞く。
ズルイ。
そんな風に言われたらダメとは言えないじゃないか、と伸之は心の中で呟いた。
始めから知ってたはずだ。ちゃんと最初に失恋をしていたのだから。勝手にそばにいたいと充に寄り添っていただけなんだ。
ダメだなんていう資格もない。
愛おしい、大切な人が幸せになれるのなら……ここは「行ってこい」と言うべきなんだ。
わかってる。
わかっているのに、その言葉が出てこない。言葉の代わりに伸之の瞳からは止めどなく涙が溢れる。
電話でよかった。
こんな顔、とてもじゃないけど見せられない。
今更こんな思いをするのなら、あの時潔くこいつから離れておけばよかったと後悔した。
自業自得……。
「よかったな。行ってきなよ」
伸之はなんとか振り絞るようにして声に出した。
言うことができた……。
『ありがとう』
小さな声でありがとうと言う充は笑顔になれただろうか。
ちゃんと背中を押してやれただろうか。
自分は結果はフラれたけど、あの時ちゃんと思いを伝える事ができた。でも充は告白をせずずっと思いを伝えずにいた。
今がチャンスなんだろ?
やっと思いを伝えるチャンスが来たって事だろ?
よかったじゃないか……。
伸之は通話終了のボタンをタップし、その場で携帯を投げ捨てる。
呆気なく終わった俺の初恋。
もう少し……
もう少しだけしがみついていたかったな。
充の幸せを心から願えるようになれるのは、いったいいつになるだろう。
思いの外ショックが大きかったらしく、次の日体調を崩した伸之は仕事を休んだ。
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