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突然の訪問
「……え?」
伸之が玄関を出て一歩足を踏み出したその時、下方に何か蹲る物体が視界に入った。目線をそれに向けると、驚いたことにそれは膝を抱えてしゃがみこんでいる充の姿だった。
「ちょっと! 何してんの?」
まさかさっきの……。
俺が無視した呼び鈴はこいつだったのか? と背筋が凍る。あれからどれだけ時間が過ぎた?
「大丈夫?」
慌てて伸之はしゃがみ込み、下を向いたままの充の頬に手を添え、顔をあげさせた。上げさせて言葉を失う。
充は目を赤くして鼻も真っ赤。頬は冷えきって冷たくなっていた。
「とにかく中に入ってて……俺そこのコンビニで何か買ってくるから!」
何も言わない充を無理やり部屋に押し込み、伸之は近くのコンビニまで走った。
こんな寒空、一人で外にジッとして……風邪をひかせてしまったかもしれない。赤い顔をして、熱でも出ていたら大変だ。すぐにでもホットミルクでも作ってやりたいけど賞味期限なんていつ切れたかもわからない牛乳しか冷蔵庫には入ってない。伸之は混乱しながらも、思いがけず充が訪ねてきてくれたことが嬉しくて、さっきまでの無気力さが嘘のようにコンビニまで走り続けた。どうしたのか、何で訪ねてきたのか、気になってしょうがない……。でも何を話せばいい?ちゃんと冷静でいられるだろうか。
コンビニに到着した頃には舞い上がっていた頭も冷えて、今度は充とどう顔を合わせたらいいのか迷っていた。
とりあえず、牛乳とパン、適当におでんとおにぎり、お菓子を買う。今度はおでんの汁が溢れないように気をつけながら足早に部屋へ向かった。
部屋に戻ると、充はベッドの前にぺたんと座ってぼんやりとしていた。
赤い顔……
「ごめんな。……もしかしてさっき呼び鈴鳴らしたのお前?」
恐る恐る聞くと小さくコクンと頷いた。
「寒かった……」
「だよな! ごめん、今あったまるもん作ってやるから……。ほら、おでんもあるから食ってろ。暖房、ついてるよな?」
「うん……」
ドキドキする。
買ってきた牛乳を鍋に入れ温めながら、伸之ははもう一度充の顔を見た。
怖くて聞けない。
今日彼と会ったんだろ?
こんな風にして俺の部屋を訪れた事なんて今まで一度だってなかった。
いつもと違うのは一目瞭然だった──
「おでん、食わないのか? あったまるぞ。せっかく走って買ってきたんだから遠慮すんなよ……」
程よく温めた牛乳に蜂蜜をたらし、スプーンでかき混ぜながら伸之は充の前に腰を下ろす。ローテーブルに置かれたおでんをただただ見つめているだけの充をじっと見つめた。
「ごめん……なんで……なんでそんなに、そんなに優しいの?」
顔も上げずにおでんを見つめたままの充の目から、大粒の涙がぽろっと落ちる。
なんでって……
そんなの好きだからに決まってる。
「………… 」
ゆっくりと顔を上げる充の瞳からぽろぽろと落ちる涙を見て、初めて見る泣き顔に「泣き顔も綺麗なんだな」と、汚く一日中泣き腐ってた自分とは雲泥の差だと伸之はぼんやりと思った。
「俺、お前にちゃんと言わなきゃいけない。今更こんな事言うなんて、図々しいのはわかってるんだ。凄い勝手なこと言ってるのわかってる……でも、聞いて」
落ちる涙を拭いもせずに、伸之を見据えてそう言う充の顔は、何かを決意したような表情だった。
ああ……
いよいよお別れ、きっと俺は縁を切られる。
だって念願叶って恋人ができたんだ。自分みたいなのが付きまとってたら相手の人にも申し訳ない。優しいから……いつまでも充に縋っているような俺のことを、可哀想だと思って泣いてくれてるんだとそう思った。
伸之は覚悟が決まったのか、不思議と面と向かって言われる事に悲しさはなかった。
充が小さく深呼吸する。
その動作がいちいち可愛くて、やっぱり好きなんだよな……と実感した。
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