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充の場合

今日は思いのほか仕事が早く片付いた。 充は時計を確認すると急いで帰り仕度をし、会社を出る。特に約束はしていないけど、今日はきっと伸之も予定を空けていてくれると信じて、最寄りのスーパーへ立ち寄った。 これまで自分が思わせぶりな態度をしていた自覚はある。伸之の優しさに甘えて自分の都合の良いように接してきた罪悪感が充には少なからず残っていた。改めて今更「好きだ」と告白をして、晴れて恋人同士になれたというのに、どうしてもその小さな罪悪感に囚われ充は消極的になってしまっていた そもそも付き合う前からもかなり近い距離感で二人は過ごしていた。なのでこうやって「恋人」となった今でも付き合う前となんら変わりもなく、恋人同士になれた瞬間の最初のキス以来、何もしていない。お付き合いの意味があるのか?とさえ頭に浮かぶことがある。 でも今日は違う── 今日はバレンタインだ。巷では女の子が意中の相手にチョコを贈る特別な日。でも、友達同士で贈り合ったり、世話になった人への感謝の意を込め贈ってみたり、仲間内での義理として贈ったり……と、チョコを贈ると言っても様々だ。 いろんな意味での「バレンタイン」があるのだから、ちょっと恥ずかしさもあるけどこれに乗らないわけはない。これまで伸之に手料理も振る舞ったことはあるけど、今日は特別。奮発もして一目で「特別」な意味があるとわかってもらえるように充は張り切って買い物を済ませ家路を急いだ。 「あとは……デザートに」 帰宅後、充は一通り食事の下準備を済ませ、最後に本日の主役となる「チョコ」の製作に取り掛かる。少し前に伸之から「今日は会える?」とメッセージが入り、夕飯の買い物中で留守にしているから、少し時間を潰してから家に来てくれと返信をした。急がなければ伸之が来てしまう……と少し焦りながら、買ってきた板チョコを細かく刻む。短時間で気付かれることなく作れるもの……と考えて、充はチョコプリンを作ることに決めた。単純に、刻んだチョコと牛乳を温めながら混ぜていき、ゼラチンで固めるだけ。少しお洒落な小瓶に作ればそれっぽくなりいい感じに見えた。 一緒に食事をして、バレンタインだからと言いながらこれを伸之に食べてもらおう。そして改めてちゃんと告白をするんだ…… 付き合い始めたものの、伸之は一度だって自分に手を出してくれなかった。遠慮しているのか、それともそういう気になれないのか…… 充は伸之に愛されたい……抱かれてもいい、と思っていても、羞恥心からそれを伝えることも出来ず、それにかつての片思いの相手、弘樹にキスをされ体を弄られた事がどうしても心に引っかかっていて、自分からは求めることができないでいた。 これは自分の中の罪悪感を拭たいだけなのかもしれない。わざわざ言わなくてもいいことなのかもしれない。伝えてしまうことで嫌悪され、振られてしまうかもしれない…… それでもやはり伸之にあの時のことを黙っていることができないと思ってしまう。ちゃんとあの日の出来事を告白して、そしてそれでも自分を好きでいてくれるか……もし好きだと言ってくれるのなら、抱いてくれと強請ってみよう。 緊張で指が震える…… 小瓶にチョコのミルクを注ぎ冷蔵庫へ入れる。そのタイミングで玄関のインターホンがピンポンと鳴り、伸之の来訪を伝えた。

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