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特別な演出
「充……はいこれ」
玄関を開けるなり、充は伸之に小さな花束を手渡され困惑する。
「なに? これ……」
「あ、なんか可愛かったからさ。たまにはいいでしょ? こういうのも……」
信之の言葉と態度に違和感しか感じない。きっと伸之は「たまたま」とか「なんとなく」とか、そういったさり気なさを装いたいんだろうけど、残念ながら充にはそうは見えなかった。きっとバレンタインだから、特別なことをしたいと思ってわざわざ花屋に足を運んでくれたのだろう。心がぽかぽかと少し擽ったい気持ちになりながら「ありがとう」とその花束を受け取った。
特別なことをしたいと思ってるのは俺も同じ……
リビングに入るなり「いい匂いだ」と伸之が嬉しそうな顔をする。匂いだけじゃなくてテーブル周りもよく見て欲しいと思いつつ、充は貰った花を花瓶代わりのグラスに生けた。
今日はバレンタインだから、普段使わないテーブルクロスやランチョンマットなど綺麗にセットし、特別感を演出した。料理は然程出来るわけでもないので凝ったものは作れない。それでもビーフシチューとシュリンプサラダ、ちょっと奮発していいワインも用意した。バケットだって美味しいと有名な一駅先のパン屋で、残り一本だったのをなんとか購入できたもの。
最初にいい匂いだと笑顔になった伸之だけど、それ以降は特に何も触れなかったからきっと気がついていないのだろうと、ちょっと残念になる。テーブルクロスやランチョンマットなんて、男なんだからあまり気にしないのも当然。伸之が鈍感なのも今に始まったことじゃないけど、こうも張り切ってしまった手前、早く気がついて突っ込んで欲しいとも思い、もどかしくなった。
「どうする? 腹減ってる? すぐ飯にする?」
充は少し緊張しながら伸之に声をかける。伸之の脱いだコートをハンガーに掛けてやると、突然背後から伸之に抱きしめられた。
「すぐ食べたい…… 」
伸之の心臓の鼓動が伝わってくる。びっくりするくらい強く脈打つその鼓動に、自分までつられてドキドキしてしまう。いつもなら伸之はこんなことはしない。もしかして気が付いてもらえたのかな? と期待しつつも素直にそう聞くこともできない。
「じゃあ手……洗ってきて」
そっと伸之の手に自分の手を重ねた。照れ臭くて、恥ずかしくって、充はそう言うのがやっとだった。
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