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キス

「いただきます」 いつものように対面で椅子に座る。伸之は意を決して充に聞いてみた。 「今日ってさ、バレンタインだったよね……もしかしてこのご馳走って、そういうこと? かな……」 自分でこんなこと聞くのは恥ずかしい。自惚れじゃなければいいけど、と思いながら充の顔を見ると恥ずかしそうに「うん」と頷いた。 「そうだよ。今日は特別だから…… デザートにチョコも、用意してあるから」 目の前に並ぶ美味しそうなビーフシチューにバケット。サラダもとても見栄え良く、ちょっとしたレストランのようで気持ちが高揚する。充が自分のために……俺のことを思ってここまで準備してくれたんだと思うと照れ臭くて嬉しい。「ありがとう」と言ったものの、自分が用意したチョコが簡単すぎてちょっと後悔した。 二人で静かに食事をする。 思った通りの絶品なそれは、あっという間に伸之の腹のなかに収まった── 「あのさ……これ。実は俺からもチョコ、あるんだ」 ご馳走さまのタイミングで伸之はポケットからチョコを出した。「こんな物でなんかごめんな」なんて言いながらさっとテーブルに置く。 「充、俺を選んでくれてありがとう……これからも、その……よろしくな」 伸之は椅子から立ちあがると充の前に立ち、腰を屈める。恥ずかしそうに頬を赤らめる充に「キスしていい?」と尋ねた。充は返事の代わりに伸之の頭にそっと手を添え、引き込むようにして顔を近付け唇を奪った。小さく開いた唇の隙間からゆっくり舌を絡め入れ、慈しむように伸之の舌を優しく舐った。 「ん……」 突然の充の大胆な行動に伸之はドキドキが止まらなかった。今までの充の言動から、こういったことはあまり乗り気じゃないのかと思っていた。でも思いがけない充からの深いキスに嬉しくなる。今日をきっかけに、もう少し先に進めたらいいなと思い伸之は充を見つめ抱きしめた。 でも幸せな気持ちの伸之とは対照的に、充の表情は何故だかかたく辛そうに見えた。 「俺は…… 俺は伸之のことが好き」 「うん、わかってるよ。ありがとう……俺も好きだよ」 何故そんな顔をするんだろうと不安になる。付き合うことになったものの、やっぱり体の関係を持つのは嫌なのかな? と不安が過る。 「ごめん……キス、嫌だった?」 充からしてくれたものの、自分が「キスしていい?」なんて聞いてしまったから、しょうがないと思った充の優しさなのかもしれない。その表情がそれを物語っているのではないかと不安になった。 「嫌なわけない。伸之こそ……その、俺とそういうこと……するの嫌なんじゃないのかよ」 少し怒っているようにも見える充は、今まで伸之が一度だって自分に手を出してこなかったからその気がないのかと思っていたと告白をした。お互い遠慮していたのだとわかり可笑しくなる。それでも浮かない表情は何なのだろう…… 「今日は泊まってもいい?」 このタイミングで言うのは「そういう事」だという事は伝わるはず…… 下心ありきで伸之はそう聞いた。この流れで言えば充も断り辛いだろうというズルい考えも少しはあった。 「うん……でもちょっと聞いてもらいたいことがあるんだ」 伸之の言葉に、食べ終えた食器を下げながら充は静かにそう言った。

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