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第3話

ソレは、一歩近づくと一歩後退る。 また一歩近づくと同じだけ退る。 それが段々楽しくなってきて、壁まで一気に追い詰めた後、左手を壁に打ち付けて逃げ場を奪う。 「…ぁ……」 逃げ場を無くしたソレの俯いた顔が上がった。 でも、目線が合う事はない。 なぜなら、顔が今時流行らないモサモサの髪に、鼻下まで伸びた前髪で隠れていたからだ。 「で、どなた様で?」 「…あ、あの…同じ、クラスの…長谷倫也(はせともや)…」 「…長谷?」 聞いた事がない名前だ。 もしや、過去に俺のクラスで自殺でもした生徒の地縛霊…とかあり得ない事を考えるくらいにボヤボヤした影みたいなヤツだ。 「…席、その…ひ、氷上くんの後ろ…なんだけど…」 ちなみに氷上ってのは俺。 氷上裕太(ひかみゆうた)。 「マジかッ!?」 「…僕、その…あまり…目立たないから…」 「いやいや、目立たなすぎだろッ!?」 「話すの…苦手、で…。だから、少し…驚いてる…」 「…」 「今…沢山…話せてて、驚いてる…」 途切れ途切れの言葉と、声は小さくて聞き取りにくいが、会話は成り立っている。 爪先から脳天まで目を上下させて見る。 足はしっかりある。 この時点で幽霊説は除外された。 壁から手を離すと、長谷がゆっくりと深呼吸した。 長谷の手は少し震えていた。 俺も緊張していたが、それは長谷も同じだったようだ。

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