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第32話
~ 倫也side ~
氷上くんは優しい。
でも、氷上くんは知らない。
僕がずっと氷上くんを見てた事…
氷上くんにとって、僕はつい最近知り合った存在かもしれないけど…
僕はずっと見てた。
ずっとずっとずっとずっと…
氷上くんはエッチな事が大好き。
同じクラスの女の子におっぱい押し付けられて、モミモミしちゃったりとか…
自分の薄っぺらな胸を見て僕にもおっぱいがあったらなぁ…なんて思ったりした事もあった。
きっと、氷上くんは僕が知らないもっとエッチな事も沢山知ってるんだと思う。
氷上くんはカッコ良くて、頭も良くて、スポーツも上手くて…
僕とは対照的…
僕とは釣り合わない…
でも、世界が違うのは分かってても、僕に気づいてほしいって思ってしまった。
いけないのに…
僕には誰かに寄り添ってもらえる権利なんてないのに…
僕は日陰で、そんな事望んじゃダメなのに…
ひっそり生きて、ひっそり死んで…
それが僕の人生な筈だったのに…
氷上くんには、僕を知ってほしいって思ってしまった。
氷上くんは明るくて、凄いモテモテで、エッチで…
でも、それだけじゃなくて、ずっと氷上くんだけ見てた僕は氷上くんの優しいところも知ってる。
登下校の時に、転んだ子どもを立ち上がらせてあげたり、迷子の子どもを交番まで抱っこしてあげたり、女の子を痴漢から助けてあげたり、お年寄りの荷物持ってあげたり…色々。
他の人が見てるだけで行動できない中、氷上くんは誰より先に駆け寄る。
そんな氷上くんがヒーローみたいに見えた。
氷上くんは、僕が助けて…って言ったら助けてくれるかもしれないって期待もした。
でも、現実はそんなに簡単じゃない。
普段、僕は教室に居てもお友だちが居るわけでもないから、保健室に行って先生とお話したり、校内を探検したり、授業中以外はそんな事をして過ごしてる。
高1、高2とそうやってひっそり学校生活を送ってきた。
多分、この高3もそうやって過ごすんだと思ってた。
そして、高校を卒業したら僕は家から出られなくなる。
僕に与えられた時間は、あと1年もないのに…
このままでいいの?…って何度も問いかけた。
兄様に似ていたら、今とは180度違う生活があったんだと思う。
自分に自信があって、お友だちも沢山居て、自分の為に大好きな書を書いて、調子に乗って氷上くんに告白とかしちゃったりして…
僕の人生を変えてくれた出来事…
あれは、校舎裏によく遊びに来るネコさんに会いに行った時。
「…ユー…タ…遊びに…来たよ?…」
僕は、そのネコさんにヒーローの名前をつけた。
本人には絶対に呼ぶ事が出来ないから…
黒と白の小さな二毛猫のユータが寄ってきてスリスリ足に身体を擦り付けてきた。
「…可愛い…」
抱き上げようとしゃがんだ瞬間、ユータは違う方向に歩き出した。
「…ぁ……」
「おーい、ノラちゃん飯の時間だぞー。」
聞こえた声は、僕がいつも後ろの席で耳を研ぎ澄まして聞いてる少し陽気だけど、心がポカポカする優しい声…
声まで優しいなんて、ズルい…
声が聞こえた茂みの方に行ってみた。
氷上くんはユータをノラちゃんって呼んでるみたい。
「沢山食いな?」
氷上くんは目を細めてユータの食事を見守っていた。
これを逃したらもう二度と氷上くんとは話せないかもしれない。
だって、氷上くんは人気者で、氷上くんの回りにはいつも沢山の人がいるから…
一人で居るなんて珍しい。
僕は痛いくらいグッと拳を握りしめた。
「…ぁ…の、氷上…くん…」
氷上くんの正面にしゃがみ込んで声をかけた。
「可愛いな、お前…」
ドキッて心臓が跳ねた。
氷上くんの目はユータを見てる。
僕じゃないって分かってるのに、ドキドキが止まらなくて、心臓を押さえた。
「…ひ、氷上…くん…」
僕の声は、氷上くんには届かない…
正面に居るのに気づいてもらえない…
あぁ…
僕は自分の存在を殺すのがこんなに上手くなっちゃったんだ…って思って絶望した。
知ってほしい…
ココに居るよ…って何度も心の中で叫んだ。
僕は、家族じゃない誰かに気づいてほしいと生まれて始めて思った。
久しぶりに自分の為に筆を握ったのもこの日…
何度も練習して、何度も書き直して…
満足できるものになるまでに一ヶ月もかかった。
氷上くんが僕に気づいてくれますように…
書きながら気づいてしまった恋心も添えて…
願いを込めて氷上くんの靴箱にそれを置いた。
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